569回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 367: 試練の結末
むっ、なんか手応えがありすぎる気がする。
おじいさんの腹部に僕の右拳が深々と突き刺さり、おじいさんはマスク越しに血を吐きながらきりもみ吹き飛んで、壁に叩きつけられ地面に落ちた。
うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。
「や、やりすぎた!おじいさん!!」
慌てて駆け寄り抱き起こすと、おじいさんはうーんと言いながら目を覚ました。
「大丈夫?加減が効かなくて……」
「うーむ、ははは。久しぶりに食らったからな、受け身がうまくとれなんだわ」
おじいさんは自身の後頭部をポンポンと叩いた。
どうやら大事ないようでほっとした。
「今の戦いでお主のことが少しわかったぞ」
どうもこのおじいさんは僕の心が読めるようだ。
勝負を仕掛けたのも戦っている最中の心情を読むのが目的だったらしい。
「なんとも難儀なものだ……お主テトラモルフの使い手とするために魂を作り変えられておるな」
?
なんかいきなり斜め上からきた。
「その左腕は主から切り離された悪性の器であるようだぞ」
さっきの声、それにプレイヤースキル……体も勝手に動かされた。
あれは僕から切り離された何かだったのか。
でもいつ?何の為に……。
「グッ……」
一瞬脳裏に血まみれの女の子の姿と、干からびていく男、そして驚愕しながら僕を見る将冴の姿が浮かんだ。
なんだこれは、僕の記憶なのか?
「力と引き換えになにかしら取引を持ちかけられるやもしれんが、耳を傾けるべきではない」
あれはその為に僕に力を貸したのか。
いつか僕が力を必要とした時、取引を持ちかける為に。
「それにお主の中に恐怖を感じる。仲間から見放されたくないと常に畏れ、ゆえに仲間の為自らを危険に晒すのも厭わない。なんとも脆く弱い心だ」
痛いところを突かれた。
みんなが僕を受け入れてくれているのはわかってる。
だけどどうしてもあと一歩信じ切ることができない。
前の世界で経験してきたことが頭によぎってしまうからだ。
犯罪者の息子として晒し者にされ、行く先々で白い目で見られてきた。
優しい人が見かねて手を差し伸べてくれることもあったが、僕のせいでその人にまで迷惑をかけてしまい、僕は他人と関わることをやめた。
脆く弱い心、まったくもってその通りだと思う。
「不合格、って事ですか?」
「いや、合格だ。手助けは入ったが約束通り儂に触れた。それに弱い心を懸命に奮い立たせて立ち向かう、その勇気があればお主は自らがやらねばならぬことから逃げ出すことはないだろう」
おじいさんは僕を励ますように肩を叩いた。
その手は温かい。
「きっとこの島を守り抜ける。儂は信じるよ、お主を」
彼がそういうと周囲の景色が眩しく輝き、白昼夢が覚めるようにぼやけ始めた。
「あっ待ってください、これを」
僕はポーチに手を入れ、シコラクスの指を彼の手に渡した。
「これは……」
「あなたに返さなきゃならないものですよね」
彼はまっすぐ僕の顔を見上げ、ペストマスクの奥で優しく微笑んだ気がした。
「お主の優しさは暖かいな、皆がお主に惹かれるのも無理はない」
そう言って彼は僕の手を両手で包むように握った。
親愛の情の篭った握手は強く暖かい。
「お主の仲間を信じなさい。難しいかもしれん、だが諦めるよりは少しずつ解決に近づくだろう」
「覚えておきます」
目に見える全てがホワイトアウトし、瞬きすると僕はあの暗い坂道にいた。




