566回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 364: 魔王の遺志
この世界の始まりには人はいなかった、この世界にいる人間も全て元を辿れば異世界よりやってきた人間達に辿り着く。
この世界に混沌が発生し始めたのは、人間が現れ出してから。
その数が増える度、特に人間同士の大きな諍いが起きる度に、この世界に混沌が増大し、それはいつしか結晶化して混沌構成物を産み出すまでに至った。
人間がオブジェクトを乱用するようになると、世界を蝕む混沌侵蝕が加速度的に進み、いつしか世界の中心、世界核を飲み込み混沌の渦に変異させてしまった。
そんな状況でヴァールダントがなぜ人間達を排除しなかったか、それは混沌がもたらしたもう一つの物が起因している。
それは感情だ。
人間が現れ心によって混沌がもたらされた事で、モンスターやヴァールダントに感情や心が生まれた。
この世界を救うには人を滅ぼし混沌を消す他ない。
魔王ヴァールダントはこの世界の管理者としてそれを実行する力を持っていた。
だが彼はそうしなかった。
モンスターや自身に芽生えた心を愛しく想い、人と共に生きようとした。
その結果、モンスターを根絶やしにしようと人間達が総力戦を魔王軍に仕掛ける事を許した。
モンスター側に多大な犠牲者を出し自らも滅され、生き残ったモンスター達は彼の遺志を継ぐヴァールダント派と、人間を根絶やしにせんとする魔王軍に別れいがみあっている。
この世界は不完全な間違った形になってしまった。
そしてそれを正せる者はもういない。
混沌が世界を飲み込もうとしている。
大罪の悪魔が現れ出したのはその前兆。
やがて滅びの兆しが世界を破壊し、全ては混沌の渦の中に消えてしまう。
「しかしそこにお主が現れた」
おじいさんのその言葉とともに、僕は周りから急にみんなの気配が消えたのを感じた。
頬にかすかな風があたり、その方向に向かって登っていくと、広い空間に出た。
無数の柱のようにマグマが流れ落ち、ひび割れた地面に血管のようにマグマが赤く輝いて流れている。
その最奥に岩が自然に創り上げたような玉座があり、玉座の間のような様相だ。
振り返るが後ろからみんながついてくる様子はない。
「心配するな、皆無事だ。お主と済ませておきたいことがあってな」
その声に振り向くと、玉座の間の中心にペストマスクのおじいさんの姿があった。
「山頂に出るには資格が必要でな、屍竜キャリバンに認められない者には死が与えられる。お主には今から試練を受けてもらう」
「試練に失敗したら……」
「お主も仲間も皆死ぬことになる」
「あなたは何者なんですか」
僕は警戒しながら山刀を抜く。
「儂はただのジジイだよ、ただ知古の遺志が知りたくてな。魔王にしか使えぬはずのテトラモルフ『フレスベルグ』を覚醒させたお主からならば知ることができるかもしれん」
「一度しか会ったことが無いなんて言っておきながら、随分僕の事に詳しそうだ」
「知りたくば来なさい、儂に触れることができれば試練は合格だ」
「みんなのことも心配だし、本気でいかせてもらいますよ!」
僕はおじいさんに向かって走り出した。




