554回目 鋼鉄の方舟
社会の潔癖症が過熱し、野蛮という言葉を使い差別対象に選ばれた人種や男は全員身体を機械化してないと社会生活できないような近未来。
自分達はクリーンな世界で生きているという建前、機械化した人は自分の人種や性別を公開しないのが暗黙の了解になっている。
サイボーグ達はあくまで自分の都合で機械化した、差別なんて社会にされてないですよってスタンスを強要されている。
差別されてる民族や性別は、生物学的に危険で醜く汚い存在として規定されている。
そのため社会においてどう思考しどう生きるかというのが義務づけられている。
その内容は産まれた事自体が社会に迷惑をかけているのだから、奴隷のような待遇でもありがたいでしょうといった内容であった。
決められた思考や生き方を外れた者は教育施設と呼ばれる収容所に送られる、その事から収容のための人間狩りが行われている。
サイボーグ達はフィジカルが人間離れしている事、暗黙的に被差別人種や性別である事から普通の仕事に就こうとしても拒絶される事から人間狩りを仕事にする者が大半であった。
社会的には人間狩りの位置づけはあくまで社会不適合者に教育の機会を与えて社会に馴染ませるための人道的な活動という体裁である。
サイボーグ達は自らの中に芽生える疑念をその建前で塗りつぶしたり、自らの生きてきた境遇から他の者が自由に生きることを嫌悪して人間狩りを行っていた。
そんな中、ノアという青年の人間狩りのチームはある子供達を追い詰める。
子供達は彼らと顔見知りで、ノア達は動揺する。
少年は言う。
「他人から言われたとおりに考えて行動するなんて機械と同じだ、産まれて来ちゃいけなかったとしても自由になる権利くらいはあるはずだろ」と。
カイ達はそれに答えられず、重苦しい空気が流れた後、仲間の一人が子供達を見逃そうと提案する。
反対意見も出るが誰も無理に止めようとはせず、重たい罰を受けたって話も聞いたことないしと最終的に彼らを逃がすことで決まった。
しかしその後、カイの元に仲間から今すぐに逃げろと連絡が入る。
カイのチームメンバーがサイボーグに襲われて殺されているのだという。
訳もわからないまま追手と戦い逃げるカイ、袋小路に追い詰められた彼が目にしたのは無残な仲間達の残骸だった。
「俺のせいでみんなをこんな目にあわせちまった……、お前も……すまねえ……」
かろうじてまだ息のあった仲間の一人が息も絶え絶えにそう言った。
自身を責める彼の沈痛な言葉にノアは優しく応える。
「良いんだ、俺達はみんなあのとき自由になりたかった。その口火をお前が切ってくれたそれだけのことなんだ。あの時俺達は自由だった、少なくとも俺はあのときの事を悔やんではいない」
ノアの言葉を受け仲間はありがとうと呟き息絶える。
絶体絶命の危機に瀕したノアに、彼の体を動かしているプログラムから声が聞こえてきた。
プログラムの声に従うとノアのボディから電磁パルスを用いた超能力のような力と、他者の肉体をハッキングする能力が発動し、ノアは難なくその場を脱することが出来た。
プログラムは語る。
この世界の仕組みの基幹メンバーの一人はこの世界の有り様をよしとしていなかった。
彼がが仕込んだ世界殲滅プログラム『ネフィリム』、ノアはその執行者に選ばれたのだという。
「自分じゃ無く仲間の誰かでもよかった、もっと早くこの力を与えてくれていたらみんな死なずにすんだのに」
そうノアは悲痛に問う。
「文明をリセットするレベルで人類を抹殺するような決断は君にしか出来ないからだ」
プログラムは悲痛なノアの言葉にも淡々と返答した。
「俺はそんな事しない……」
「出来る素養がなければ選んではいない。それに私は君でなくても良い、不適格であると判断すれば他の者に移行するだけだ」
「生き残りたければ従うしか無いって事か」
「いいや、違う」
「なに?」
「君は自らの意志で選ばなければならない、なぜならば君は起点であり終点だからだ。君を中心として広がって行く人類文明の破滅を君が導き、生き残るべき者を選定し、君が新しい世界の起点とならねばならない」
ノアはプログラムの言葉に沈黙をもって応え、彼は静かに冷たい機械の目で腐敗しきった都市の光景を見下ろすのだった。




