550回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 348: 不敬者の街
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バレッツ区、先王フォンターナ派でありガルドル文字を拒んだ民が集められた地区であり、そこに暮らす者たちは全て賎民とされ、荒れ果てたスラムと化していた。
住民を全て棄民として放逐する計画に対して、フェルディナンドがヘルズベルの治政を学ぶ為に使いたいと名乗り出た事で、現在は社会実験の為のエリアに区分されている。
フェルディナンドはスラムの住人一人一人の肉体的精神的な特性を捉え、それに対する役割を与えて小規模な経済の流れを作り、それを繋げスラムを一つの生命体とする様に価値の循環を行わせた。
その事により荒廃したバレッツ地区にも少しずつ文化的な変化が生まれ、この地区に暮らす賎民達にも一般市民に復帰できる者が出始めていた。
今フェルディナンドに状況報告を行う三人の男達もその一部。
彼らも数ヶ月前までは荒んだ目をした無法者だったが、今では身なりもちゃんとした市民階級回帰組である。
「報告ありがとう、順調な様でよかったです」
「あなたのおかげです王子、我々は皆あなたに感謝しています」
男の一人にそう言われフェルディナンドは苦笑する。
「みなさんは不当に賎民にまで落とされただけで、元々の能力は高かった。それが上手く活かせるように筋道をつけただけです。それにぼくはあなた方に償わなければならない立場、お礼なんていただく資格はありませんよ」
その言葉を受け三人の男達は互いの顔を見てうなづき合うと清々しい顔を見せた。
「貴方は立派なお方です、貴方のおかげで我々はフォンターナ派である事を誇りに思うことができる」
「家族も貴方に感謝しています」
「貴方が先導してくださらねば我々も団結できなかったでしょう」
三人の息のあったリスペクトの言葉を受け、フェルディナンドは嬉しさと照れ臭さで顔を赤くした。
「そう言って頂けると、この上なく嬉しいです」
フェルディナンドの屈託のない可愛らしい笑みを見ると、三人の男達は満足げに笑った。
三人が帰り、高台からバレッツ地区全体を見下ろしながらフェルディナンドは口を開く。
「叔母様はなぜこんな酷い仕打ちをするんだろう」
「畏れでございましょうな」
ピエロのスタンは答える。
「何に怯えているの?」
「小王様のお父上、フォンターナ様を殺した自らの罪、それに対する罰を恐れているのでございます」
「父上に好意的な者に危害を加える事で、安心感を得ていると?」
「さようで」
「それならなぜぼくをそばに置くの?」
「貴方様を手懐ければ彼女の懸念も消えるとお考えなのでしょうな」
「叔母様は恐怖に支配されてるのか……、それさえなければ良い王様になれるのかな」
スタンは首を横に振る。
「残念ながら、なぜなら彼女は王としての欲がない。無欲にして大志なき統治者の元では国は腐るのです。自らを成長させようと望み続ける、そのあり方こそが生きるという事。王とは国の意思、国が生きるには天を目指す志こそが必要なのです」
「努力目標がなければ課題も関心もなく方針をもちようがない、方針がなければ現状維持をするだけになる、それではいずれ手詰まりになるって事かな」
「手詰まりの結果、その腐敗の発露がこのスラムでございますな」
「難しいものなんだね、王様って」
「本質的に人柱のような物ですから。しかし適正者が玉座にいなければ皆が不幸になる、フェルディナンド様には王になっていただく必要があるのです」
「そんな、ぼくにはどうしたらいいかわからないよ」
「必要なのは象徴とカリスマと称号、このうち象徴をフェルディナンド様が担って頂きたい」
「カリスマと称号は?」
「それに関してはあてがあります、彼が動き始めていますからねぇ」
「彼って?」
「剣闘士でございます、名を山桐雄馬と」
その名を聞いて将冴はピクリと反応した。
「先日のデビュー戦で見事な勝利を収めたって少し話題になった人だね。でも剣闘士にそんな力があるっていうの?」
「王の血の定めが貴方にある様に、彼もまた世界の運命に選ばれし者なのです」
「どんな人なんだろう」
「彼はそうですね、どことなく雰囲気が貴方に似ています。まるで兄弟のように」
その言葉にフェルディナンドは棄民闘技場で一瞬目があった剣闘士の事が脳裏によぎった。
どこか心が安心する、不思議な眼差しを持つ少年。
「山桐雄馬か、一度会ってみたいな」
窮屈な毎日が変わりそうな予感にフェルディナンドの胸は高鳴り、そのきっかけになるという剣闘士の事を思い、彼は心を躍らせるのだった。




