549回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 347: 籠の中の鳥
-----
ガルドル文字を受け入れない者、不敬者と呼ばれる人々の収容される施設に女王エロイーズとフェルディナンド少年の姿があった。
豪華で清潔な貴賓室、そことガラス一枚隔てた階下に棄民達の食堂がある。
鮨詰めになった男達の姿、彼らは無数に転がる腐乱した人間の死体の中で、ダニやウジや蝿など虫が集る動物の死体の腹部を引き裂き、腐った臓物に混ぜ込むようにして注がれたオートミールを汚れた手で掬って食べている。
その様子を眺めながら心底愉快そうにワインを飲む女王、フェルディナンドはその横で神妙な面持ちを浮かべていた。
「叔母様、このような仕打ち本当に必要なのですか?」
「愚鈍な者たちに妾の叡智を授けてやろうというのに、それを拒むなど万死に値する。しかし妾は寛大なる女王、ゆえにこの国には死罪などない。ならばどうする?答えは罪人に対する教育、つまりこれこの状況こそ妾の慈悲である」
彼女は尊大な態度でそう言うとワイングラスを侍従に渡し、フルーツタルトを手に取り口にしてその甘さに舌鼓を打つ。
「妾は優しすぎはしまいか?なぁフェルディナンド。よい、言わずともわかるわ、其方の考えは全てお見通しだ」
フェルディナンドが彼女から目を背けると、女王は目を細め、彼の頭を撫でる。
「偉大なる王たる妾が眩しすぎて直視できぬのであろう?自らがちっぽけな存在に思えてしまうからな」
フェルディナンドは唇を少し噛む。
そんな彼の様子に気付いているのかいないのか、女王はフェルディナンドの肩を掴み話を続ける。
「だがなフェルディナンド、自らを卑下するでないぞ。いくら眩しくとも偉大なる妾の行いをまなこに焼き付け魂に刻み生涯の規範とせよ。偉大なる妾に凡俗なる者が続くのは辛い事だが、王の責務とはそうしたものだ、わかるな?」
「はい叔母様」
フェルディナンドは精一杯の愛想笑いをした。
彼の顔を見て満足そうに笑う女王を見て、彼は嘘が上手くなった自分に吐き気がした。
「うむ、良き返事じゃ。愛しき我が甥フェルディナンド」
女王はそう言うと踵を返し貴賓室を出た、その後部屋の外からピエロ姿の男が入っておどけて見せた。
「女王猊下の御高説は終わりましたかな?」
「スタン、聞こえてたらどうするの」
「聞かせてやればいいんだあんな奴」
ピエロの後から入室した男がそう口にする。
「もう、将冴もそんなこと言って」
今将冴はフェルディナンドと行動を共にしていた。
フェルディナンドがお忍びで棄民闘技場の観戦をしているさなか棄獣による騒動が起き、彼が都市に逃げる際に爆発魔法を使い戦う将冴と遭遇、双方同意の上協力して都市へと脱出。
その後将冴はピエロのスタンの口八丁による各方面の説得でフェルディナンドと行動を共にするという条件で自由を与えられていた。
女王派にはフェルディナンドの責任で身元を預かった将冴がトラブルを起こせば女王側に有利な状況が作れる、フォンターナ派にはフェルディナンドの身辺警護のためといった具合だ。
「お前もわかってるんだろ、あいつがどういう奴か」
将冴の言葉にフェルディナンドは口をつぐむ。
「わかってるよ、彼女が家族ごっこに飽きたら次はぼくが殺される」
「機嫌はとりつつ、腹の中までは支配させない。バランスが大事ですよ小王様」
「これ以上嘘が上手くなると自分が嫌いになりそうだよ」
そうも言っていられないのはわかっている。そう心の中でフェルディナンドは思う。
彼は自分の我を通すことが自身を守ってくれている人たちを脅かすことを知っていた。
そうしていつもの様に我慢する事を決めたフェルディナンドを見つめ、将冴は不機嫌そうに鼻を鳴らすのだった。




