541回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 339: 復讐者(2)
「よくもアンドレを殺してくれたな!」
「ちょっとまって、誤解だってば」
ベラベッカのグラディウスを山刀を引き抜いて弾く。
攻撃は止めどなく続き、それをなんとか打ち払っていく。
「てめえなに雄馬に手出してやがる」
ベラベッカに飛びかかろうとしたベイルを僕は左手で制止した。
「あいつを殺してブローチを奪ったのを見てた奴がいるんだ。私を騙そうったってそうはいくか!」
「なんでそんな話に」
「まぁ外からきた剣闘士によくあるタチの悪いほら話だな、嫌いな奴の悪い話を言いふらす奴がいるんだ」
グローツラングは落ち着きながらそう言った。
「あなたから言ってあげて!?」
「悪いなにいちゃん、こいつこうなると勝負がつくまでとまんねぇんだ」
グローツラングの言葉からは、厄介払いできてよかったという声色が隠しきれていない。
「まったくもう」
だんだん彼女の攻撃のテンポが掴めて、少し余裕が出来てきた。
試合を見てた時は気づかなかったけど、随分危なっかしい戦い方する。
攻撃全振りで防御も受け身も考えてない、そのくせ攻撃は鋭くて、怪我させずにいなすのが物凄く大変だ。
「お、気づいたか?」
僕の様子から察したかのようにグローツラングが呟く。
僕は右手にした山刀を前に、左拳は後ろに下げて構えを変えた。
ベラベッカの放つ攻撃を山刀で払い、左拳で腕を打ち、次の攻撃を交わして体捌きで背後に回り左肘を背中に入れ、最後の一撃で伸び切った彼女の足の筋を蹴ると、ベラベッカは盛大に転び、もがくが立ち上がることさえ満足にできなくなっていた。
「なんだよこれ、どうなってンだ!?」
「してやられたな、ベラ」
グローツラングが彼女に手を差し伸べると、ベラベッカはそれを不快そうに払った。
「なぁにいちゃん、お前からも言ってやってくんねぇか」
グローツラングは困ったようにそう言った。
たしかに放っておくのは危ないように思える。
「さっきグローツラングさんに言ってた手加減の事なんだけど」
「なんだよ、お前には関係ないだろ」
「君の身軽さは長所だけど、攻撃が軽いから片手でいなせちゃうし、なにより防御がおざなりすぎて刃向けたら大怪我させそうで、グローツラングさんもそれで踏み込んだ攻撃できなかっただけじゃないかな?」
「なんだと……」
「防御を覚えろと言ってるんだが聞かなくてな」
「私に防御なんていらない!」
ベラベッカは歯を食いしばり無理やり立ち上がると、苦々しい顔をしてグローツラングを見る。
「本気出さなきゃいけないくらい攻撃が上手くなればいいだけだ!すぐに思い知らせてやるから待ってろ!」
そういうと彼女は僕を睨みつけ去っていってしまった。
「悪かったなにいちゃん、年の近い奴なら話を聞くと思ったんだがなぁ」
そう言ってグローツラングは指先で胸を掻いた。
「なんだか込み入った事情がありそうですね」
「まあ、な。あいつの親父、先代チャンピオンなんだが、闇討ちにあって殺されちまってな。その犯人が今闘技場で最もチャンピオンに近いと言われてる剣闘士なんだ」
「犯人がわかってるのに捕まえられてないんですか?」
「証拠はないからな、それに女王の命令でやったんじゃないかって噂もある」
「証拠がないのになんで犯人だとわかるんです」
「魔剣の呪いって奴だ」
そう言うとグローツラングは鉄仮面の右目のあたりを指先でコツコツと叩いた。
「ヘルズベルのチャンピオンが代々魔剣を継承してるって話は聞いたか?」
「ええ、持つと人外の力が身につくとか」
「魔剣ドゥームブレイドは別名復讐の魔剣とも呼ばれていてな、その持ち主は必ず誰かに殺され、次の所有者は殺した者と、復讐を行う者のどちらか勝った方に決まる」
「そんなものがチャンピオンの称号として扱われてるのか……」
「おかしな話だろ?だからヘルズベルの剣闘は魔剣に生贄を捧げるために行われてるなんて噂もある」
「その話から行くと、魔剣争奪戦の証のようなものが出たから、犯人がわかったって事ですか?」
「その通り、魔剣は二つに分かれ犯人の右目、そしてベラの左目に取り憑いた」
「先に相手を殺して二つの目を揃えた方が魔剣を手にする、たしかにたちの悪い呪いみたいですね」
「ベラの気持ちはわからんでもないが、こいつは勝敗が最初から決められた戦いだ。ベラは犯人に誘い出されてるにすぎねぇ」
グローツラングの言葉にいつの間にか周りに集まっていた剣闘士達が同意の声を上げる。
「復讐者は剣闘士には向いてない、自分が生きていくための戦いができない奴は早死にする。なんとか止めてやりてぇんだが……」
脚光を浴びて華々しく生活してるものだと思っていたけど、スター剣闘士もいろいろ大変みたいだ。
まだブローチも渡せてないし、ここは一肌脱ぎますか。
僕はブローチを託した剣闘士の顔を思い浮かべ、ベラベッカの後を追った。




