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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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537回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 335: 同じ気持ち

 テムと別れ帰る途中、焼き菓子を一つ口に入れた。


「すっかり冷めちゃったな、このままでも美味しいけど……ん?」


 遠くから雄馬と僕を呼ぶ声が聞こえたような。


「気のせいかな」


「雄馬ぁああぁああああ!!」


 気のせいじゃなかった、人混みの中プロバスケ選手もかくやという回避をしながら、ものすごい勢いでベイルが僕に向かって走ってきた。


「えっちょ、ベイル!?」


「うわぁああああ!雄馬ぁあああああ!!」


 ほとんど体当たりな状態でベイルは僕に飛びつき、彼の頭が鳩尾に入り僕は思わず「げフゥッ!?」と声を漏らして後ろに倒れた。

 空中に飛び散った焼き菓子を、紙袋の底を指で回してキャッチしながら仰向けに倒れ込む。


「ふう、セーフ」


「わあぁん!ようやく見つけたぁ、雄馬ぁあん!どこ行ってたんだよぉ、心配したんだぞ!」

 泣きべそをかきながらベイルは僕の顔面を猛烈に舐め回す。


「うわぷっベイル、やめてっ人が見てるから」


 覆いかぶさる形で獣人に舐められてる姿はエッチなことをしてるみたいに見られそうで、僕は少し恥ずかしくなった。

 実際通行人達は僕らを見て指差したりして笑っている。


「遅くなった罰だぞ雄馬、こいつなだめとくの大変だったんだからな」


「結局外に飛び出すのは止められなかったけど」


「陽介、アリス。ベイルもみんなごめん、こんな遅くなるつもりなかったんだけど」


「わかってるよ、また人助けで厄介ごとに巻き込まれてたんだろ?」


「うっ鋭い……、それはそうとみんな外に出て大丈夫?」


「ああ、俺達は講義で対処法聞いてるしな。要は看板とか見なきゃいいんだろ。ベイルはお前見つけることしか頭になかったし」


「ひぃいいん、雄馬ぁ、おいてくなんて酷いじゃんかぁ」


 ベイルには事情を話しても心配してついてきそうだったから秘密にしてたのが裏目に出たみたい。


「よしよし、ごめんねベイル」


 ベイルの頭を撫でると、彼は「子供扱いやめろってぇ」と言いながらも気持ちよさそうに目を細め、尻尾を振り、僕の匂いを一生懸命嗅いでいる。

 濡れた鼻が体にあたるたびにひんやりして冷たい。


 僕らはそのまま邸に帰って夕食を取ることにした。


 冷めた焼き菓子はシスティーナさんがお任せくださいと受け取り、食後のデザートに温め直した焼き菓子に生クリームとチェリーを添えたものが出て、みんな夢中で食べた。


 大袋二つは買いすぎたかと思ったけど、みんなでぺろっと完食してしまった。

 システィーナさんは料理が上手だ、お腹いっぱい幸せいっぱい。


 帰り道からずっとベイルは僕に体をくっつけて離さない。

 さすがにトイレまでついてくるのはどうかと思ったが、それについて言及すると「雄馬がどっかいかない保証がない」と座った目をして言うので、仕方なくそのまま用をたすことになったりした。


 お風呂に入り、ベイルと背中の洗い合いっこをしたり、今日であったカワウソのテムのことを話したりしながら、寝巻きに着替えてベッドに横になる。


 寝心地が抜群にいい。

 システィーナさんがしてくれたのであろうベッドメイクも完璧。

 なのに僕は寝付けずにいた。


 今日の剣闘の試合の光景が目に焼き付いて離れない。

 倒れたまま動かないグローツラングの姿に、倒れたベイルの姿が重なる。


「うーん……」

 僕は嫌な気持ちを払拭したくて目を開けた。

 目の前の眠っているベイルの顔をみて、死んでいるみたいで寒気が走った。


 ベイルの鼻に指を近づけ息を確認してホッとする。

 ベイルに体を寄せて体温を感じる、胸に耳を当てると鼓動の音がした。


「生きてる」


 守りたい、失いたくない。

 そう思えば思うほど怖くなってくる。

 明日ベイルに剣闘士をやめるように話してみようか……。


 ベイルは眠っているのか起きているのか、何も言わずに僕を抱きしめた。

 そうだ、きっとそんな話をしたら、彼は「俺のこと信じられないのか?」なんて落ち込むかもしれない。


 僕が想うのと同じくらいベイルも僕を想ってくれてる。

 ベイルに俺が戦うからお前は家で待っててくれなんて言われたって僕は絶対に従わない、その逆のことが起きるだけなんだ。

 それならあとはやれることは一つ。


 僕はベイルを抱きしめ返し、毛皮に顔を頬を埋める。


「ん、ゆーま……むにゃ」


「一緒に生き延びよう、ベイル。そのためにできる最善を尽くすんだ」


「……むずかしいのわかんねーけどがんばる、むにゃむにゃ」


「ベイルってば、起きてるんだか寝てるんだか」


 僕は小さく笑う。

 しかし彼の寝言で気持ちが少し楽になった。


「頼りにしてるよ」

 ベイルはふにゃっと笑顔になり僕の頬を舐めた。


「まかせとけぇ、むにゃ」

 彼の気持ちが嬉しくて胸から込み上げる幸せを噛み締めながら、僕は眠りについた。

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