510回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 308: 血染めのアリーナ(1)
翌日、僕は控え室で着替えているベイルを見ていた。
「どうした?」
ベイルがそんな僕に気づく。
「傷の具合大丈夫かなと思って」
「おー、朝起きてからすこぶる快調だぞ!あの軟膏凄いな」
ベイルは笑顔で応えた。
確かに具合は良さそうだが、細かな動きがまだ腹部の痛みを庇っているように見える。
僕を心配させまいとしてくれているんだろう。
「よかった、でも病み上がりだから無理は禁物だよ」
「わかってるって、心配性だな雄馬は」
ベイルは僕の頭をワシワシと撫で回した。
今日はベイルを極力フォローしなくちゃ。
時間が来て扉が開き、アリーナへと向かう。
通路を歩いていると前方がやけに騒がしいことに気づいた。
暗い通路を抜けるとメインアリーナへと出た。
今日は剣奴を買いに都市部からオーナー達がやって来る選考試合だ。
メインアリーナは昨日の試合会場よりさらに一回り大きく、客席も7割方埋まっていて賑わっている。
砂で埋め尽くされた地面は血を吸って所々赤黒くなっている。
今日は戦争を仮定した集団戦。
会場に障害物として柱がいくつかと、味方側と敵側に門がある。
門をぶち破り中の燭台を消した方の勝ちとなる。
メンバーは敵味方互いに五人ずつ、今回の仲間は闘技場側が選んだランダムな人選。
味方側の陣営は僕、ベイル、バックラーとグラディウスを身につけたいかにも剣闘士といった格好の男、長剣を持ちほろ酔いなおじさん、陽介の五人だ。
……ん?
「陽介!?」
「オッス」
「なんでいるの?」
「雄馬とベイルだけに危ない目に合わせるのはどうかと思って、試験受けてみたら受かっちゃって」
たはは、と自分の頭を撫でる陽介に僕はため息をついた。
「自分の身一つで戦わなきゃいけないんだよ?死んじゃうかもしれないんだ」
「それはお前もベイルも同じ話だろ、尚更やらないわけにいかないっしょ。それにこのままじゃ向こうに帰れるのは雄馬とベイルとドルフのおっさんの三人だ、目的のためには一人でも頭数増やすべきじゃないか?」
痛いところを突かれて言葉に詰まった。
陽介が一緒にメルクリウスに戻れるなら心強いのは確かだ、だけど彼は生身の戦いは素人でしかない。
自分を殺しにくる人間の相手と戦う事の意味を理解しているとは言い難い。
突然太鼓がけたたましく鳴らされ、ワッと歓声が上がった。
向こう側から巨漢二人が猛然と襲いかかってきた。
僕は二人に向かって走り、左の巨漢のローキックを足場にして跳び、巨大な棍棒を振ろうとした右の巨漢の肩を蹴り、そのまま左の巨漢の側頭部を踵で蹴ってバク宙する。
僕の着地を狙い、猿のような動きで飛び込んできた小男が見えた。
「キェエエエ!」
男は叫びながら両腕を交差し、僕の落下に合わせ両手のブンディーダガーで僕を引き裂こうとした。
「あらよっと!」
すかさずベイルが小男を蹴り飛ばし、僕は着地しベイルと肩を並べて山刀を構える。
巨漢に挑むグラディウスの男の姿が見えた。
「すばしっこい奴は俺が行く」
「じゃあ僕は彼の援護に入るよ」
僕らは二手に別れた。
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残された陽介がぽつんと立っている。
「えっと……俺は?」
敵側の槍使いが槍を振りまわしながら陽介に向かっていく。
「や、やってやる!」
陽介は槍を構え、敵の槍使いが放った突きをギリギリ払っていく。
しかし突如敵の槍の動きが蛇のようになり、陽介に迫る。
「なにっ!?」
陽介の顔に槍の先端が迫る。
「おっとごめんよ」
そう言って長剣のおじさんが陽介にぶつかり、陽介は間一髪で槍の直撃を免れた。
おじさんは千鳥足になりながら、長剣を地面に刺してバランスを取った。
「おっさん大丈夫かよ、助かったけどさ」
「ちょっと飲み過ぎちゃったかなぁ。いやぁはは、参るね、年取るとお酒弱くなっちゃうみたいで」
敵の槍使いは品定めするように二人を眺め、首を鳴らして槍を振り回して構える。
「あら、二体一でいいってさ、ラッキーだねぇ」
おじさんはにやにやと笑いながら剣を引き抜き片手で適当に槍使いに向けて構える。
「二体一はありがたいけど、このおっさんとで大丈夫かな俺」
不安がりながらも陽介も槍を構え、敵の槍使いが踏み出し二人に襲いかかった。




