499回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 297: 価値無き者の命(5)
壁には廃棄口らしき開き戸の大きな四角い穴が等間隔で開けられている。
穴の下には投棄されたと思われるゴミや腐った何かが堆く積み上げられ、あまりの腐臭のためか獣すら寄り付かない。
まだ距離はだいぶ離れてるのに、鼻がもげそうなくらいの悪臭が流れてくる。
「うぐぅ、気持ち悪くなってきた……」
ベイルはあまりの悪臭に青い顔をしている。
「大丈夫?キツかったら離れててもいいよ」
僕はベイルの背中をさすりながら言った。
本当に具合が悪そうだ、ドルフを見ると彼は顔をしかめるだけで済んでいる。
こうした経験は何度かしてきたのだろうか。
「うーっ……大丈夫、雄馬は俺が守んなきゃだから」
「ありがとうベイル」
無理して笑顔を見せてくれる彼に胸が熱くなり、僕は彼の背中に額を押し付ける。
ベイルは嬉しそうに「任せとけ、へへへ」と笑った。
「それにしてもこいつはすげえ眺めだな……」
ドルフが苦虫を噛み潰した様に吐き捨てたのは、ゴミの山ではないもう一つの光景についてだろう。
壁の周辺には数え切れないくらいの棄獣がうようよしている。
ゴミの山に突っ込みなにかを物色する者、壁を延々と引っ掻き続けている者などいろいろいる。
「ガルドル文字を読んだ人間が奴らの餌、つまり壁の向こうの餌目当てに彷徨いてるの」
「鏖殺軍にこの棄獣達が、昨日言ってた荒野を生き延びるのが難しい理由って事だね」
「野に放たれてる棄獣はメルクリウス軍の侵攻に対する防衛装置の役割が主だから、取り込むのとは別でガルドル文字を読んでない人やモンスターは美味しいおやつとして頂かれちゃうわけ」
ガルドル文字を読んだ僕を抜きにすれば脱出できるというわけでもないわけか。
「森にいた棄獣は?」
「魔女の体が埋め込まれてたでしょ?魔女の体ってバラバラになったパーツが呼び合って一つになろうとする性質があってね、思考を操られてたんだよ。寄生虫に宿主が行動を支配される様な感じでね」
「うえ、余計に持ってるの怖くなった……ってあれ?もしかしてそれって僕が指持ってたら、埋め込まれてる棄獣に襲われるって事では?」
「いやー助かるわ、下手に放置もできないし持ち帰れないし、助けたお礼に厄介なもの引き受けてくれるなんてさすが雄馬君だね!」
ワリスは突然ずっとぼけながら、みんなに聞こえる声でそう言った。
「ちょっ、待って!違うでしょ!?」
「また厄介ごとを抱え込んだのか」
「雄馬は人が良すぎなんだよな」
将冴と陽介が呟き、アリスもドルフも仕方ないね雄馬だしねみたいな顔をした。
「あわわ、みんな、これは違くて……ああ、もう何言ってもダメなムードだ、ちくしょうはめられた」
ガックリとうなだれた僕の頭を、ベイルがなでなでしてくれた。
「えーんベイルぅ」
僕はベイルに抱きつく、相変わらず胸の毛がもふもふしていて気持ちいい。
「よしよし、雄馬には俺がついてるから安心しろ。お前がどんな厄介ごとを持ち込んでも俺がなんとかするから」
「べ、ベイルにも誤解されてる……」
「まぁ雄馬君強いし、剣闘士やってれば棄獣に襲われる心配ないから気にしなくていいよ」
「ほんとかなぁ……」
僕がしょぼくれた顔を彼女に向けると、ワリスは何かを感じ取り、壁の方を見た。
「運ばれてきたみたい、みんな準備して、サクッと回収サクッと撤退だからね!悪いけど雄馬君たちも手伝って」
「了解」
どうやらお仕事の時間らしい。
僕は頬を叩いて気合を入れ直し、棄獣の群れを見据えた。




