496回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 295: 価値無き者の命(3)
「さてと、大ごとにしないために鏖殺軍の人達は殺さずに倒したけれど」
「この後どうするんだ?」
ドルフは鏖殺軍兵士を肩に四人担いで運びながら僕に尋ねた。彼も僕と同じ疑問を抱えていたらしい。
「慣れてる人にお任せするしかないね、ひーふーみー……」
僕は鏖殺軍兵士を全員一箇所に集まったか確認する。
忍者みたいな分銅のついた鎖鎌に、殺傷力の低い投石用の革ベルト。
捕縛が目的の装備みたいだけど、捕まえてどこかに集めてるんだろうか。
ワリスの言いぶりでは最終的に殺す事には変わらないようだけど……。
「おっけー、じゃああとは私の出番ね」
そう言うとワリスは高台から飛び降りた。
彼女は落下しながら手を上に掲げ「おいで」と言った。
なにかが猛然とした勢いで接近する音がする、その音が次第に大きくなり、ワリスの大鎌が回転しながら飛来する。
ワリスは空中でそれを掴むと、体捌きで回転の勢いを生かし、ひとかたまりに座らされていた鏖殺軍兵士達を横薙ぎに斬り裂いた。
「殺すの!?」
「やぁね、血なんて出てないでしょ」
兵士達を見ると、大鎌で真っ二つにされた筈なのにたしかに傷一つない。
そのかわり仮面の下で泡を吹き、全身をビクビクと痙攣させ、吹き出した汗が地面を濡らしている。
「今にも死んじゃいそうだよ?」
「死にはしないよ、殺しちゃったら敵がいるって警戒されちゃうもん。それに私今はヘルズベルで働いてる身だしね、同僚を殺すのは控えてるの」
「ん?メルクリウス側じゃなかったの?」
「黒猟騎士団の今の雇い主はヘルズベルの女王だよ、一応ね」
教授はメルクリウスで働いてて、だけど教授と繋がりのある黒騎士の所属はヘルズベル。つまりこの島における教授の立ち位置は。
「あの人は影のフィクサーってこと?」
僕の言葉にワリスはにやりと笑う。
「そう、ここはあの人の遊び場。君はそこに招待されたお客さんってとこね」
とんでもないのに目をつけられたものだ。
「あの人って?」
「ちょっと個人的な関係でね」
陽介に僕ははぐらかす。
教授の事情について知ってしまうと危険だ。
伊織も彼と何か繋がりがあるようだった。
僕はともかくみんなが巻き添えで酷い目に遭わないように気をつけないと。
そうこうしていると、兵士達の痙攣が止まり、ゆっくりと起き上がり始めた。
僕らは武器を手に取り対応できるように構える。
しかし彼らはぼんやりと空を眺め、ゆらゆらと揺れている。
「どういう状態なんだろ」
「任務遂行に必要な感情を削り取ったの」
兵士たちはぼんやりとしながら、散歩でもするように歩き始めた。
「生きてはいるけど、大丈夫なの?」
「兵士としては使い物にならなくなるわね、荒事関係の仕事はできなくなるかも。まぁ支障はないでしょ」
「俺達について報告されるんじゃねぇのか」
ドルフが指に矢を掴みながら尋ねる。
「する気自体が起きないから平気、今までもこれで問題は起きなかったよ」
ワリスの言葉を受けても、ドルフは弓に矢を番えて兵士たちの背中を睨みつける。
僕は彼の二の腕に触れ、振り向いた彼に首を横に振る。
ドルフは目を細め、ふんっと鼻を鳴らすと矢を矢筒に戻した。
「これまで一人で戦ってきたの?」
「暇つぶしにもならないけど仕方なくね、雄馬君との戦いの方がずっと良いよ」
そう言うとワリスは僕の握っている山刀をチラリと見て、うずうずしたような顔をした。
「なんなら今日もやる?やろうよ」
「いや先を急ぐので……」
「何だ残念」
やっぱりただのバトルジャンキーだこの人。
「っていうか大鎌呼べたんだ?」
「ああでも言わないと、君達の戦いっぷり見せてもらえないから」
なんかうまいこと踊らされてる気がする。
「お人好しは大変よねぇ」
僕の心中を察したようにワリスはにこにこして言った。
ドルフが僕の脇にそれとなく肘鉄砲して、顎を撫でながら何か言いたげな目で僕を見た。
少しは他人を疑う事を覚えろという事だろうか、ちょっと自信ないな。
僕の表情から内心を読み取ったのか、ドルフはため息を吐き僕の頭をぽんぽんと撫でた。
ベイルが僕の肩に顎を乗せ不満そうな顔をする。
「雄馬ドルフと話すぎぃ、くっつきすぎぃ、むぅーっ」
「ごめんごめん、ベイルも頼りにしてるからね」
「もってなんだよぅ」
むすーっ音がつきそうな顔のベイルを撫でると、彼は満更でもなさそうな表情をして尻尾を振った。
僕のお尻にベイルの尻尾がバンバン当たってちょっと痛い。
これはあれだろうか、ドルフに浮気するなという警告だろうか?
ドルフが僕の腰を掴んで抱き寄せ、ベイルを見下ろし見せつけるようにニヤリと笑う。
それを見たベイルが対抗心を燃やし、僕をぎゅっと抱きしめさらに尻尾を振った。
ドルフとベイルの尻尾が僕のお尻に当たってすごく痛い、二つに割れてしまいそうだ。
でもこうして二人に愛されサンドイッチされていると、そんなこと気にならなくなってしまう不思議。
「こんな状況ですげえイチャついてるな……」
陽介の呆れたような声が後ろから聞こえた。




