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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
千の夜と一話ずつのお話
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50回目 デッドエンドインストーラー

彼女は冬の海が好きだった。

潮騒のささやき以外なにも聞こえない場所、

彼女はそこを世界の果てのようだといった。


俺と彼女が付き合ってから彼女は俺にまだ好きだとも愛してるとも言ったことがない。

こうやって二人で出かける約束をして、

まがいなりにもデートのように過ごしていても手を繋いだことすらなかった。

「なぁ、俺たち本当に付き合ってるのか?」

冗談めかして俺が尋ねる、彼女は答えず水平線を見つめている。

「これじゃ俺がストーカーみたいだぜ」

彼女はやはり答えないまま、俺の顔を見つめてほほ笑む。


あの頃の俺は何も知らなかった、その微笑みの意味も、彼女の正体すら。

俺はあの時の光景の答えを探し続けている。

殺戮者である彼女が本当に俺を殺しそこなったのか、それとも……。


「悪いけどあんたには死んでもらう」

「ちょ、待ちなさいよ!」

東条るりはの制止する声を遮るように俺は手にしたエンフィールドリボルバーの引き金を引いた。

轟音と共に標的に閃光が直撃する、中年の男は眉間に受けた衝撃のまま仰向けに倒れた。

「噓でしょ」

そういってるりはは中年の男の傍に駆け寄り様子を見る。

俺は銃を見とがめられないようコートの内側のホルスターに相棒をほおり込んだ。

「生きてる?」

るりはは狐につままれたような顔をし、寝息を立てる中年の男を見下ろしていた。

「殺したよ、その男のここ一週間の記憶をな」


俺の名はアマラ、仇名みたいなものだが今は本名を忘れるくらいこの名前で呼ばれている。

職業は記憶の殺し屋だ。

分け合って世話になってるある極道からの依頼で動いている。


俺の使うエンフィールドはただの実銃だが、使っている弾丸に仕掛けがある。

弾頭のないそれは撃鉄により雷管が爆発するのに合わせて熱反応を起こしてある特殊な電磁波を

レーザーのように対象に照射する。

その効果の強弱によって俺は消す記憶の深度を定め、対象の記憶を消していた。


人間の記憶のメカニズムが解明され、人類にとって記憶が物理的に触れるものになった時代。

「思考ドーピング」と呼ばれる違法行為が流行し、

それによって発生した怪人の処理を一般人やメディアの目に触れる前に内内で始末をつける。

というのが俺が身を置く環境だった。

思考ドーピングとはいわゆる自意識をデザインした通りに書き換える技術で、

主には軍人のPTSDの解決策として研究されている技術の悪用だった。

なんの変哲もない人間に絵画や演劇に対する強烈な意識を植え付ける事で、

その道のプロフェッショナルまで成長させる事などができ、

それ以外では人間の意識に狼の意識をインプリンティングする事で戦闘力を高める事などもできた。

それを俺たちは怪人、もしくは人狼と呼んでいた。

俺の仇名アマラもそれに由来しているらしい、たしか狼に育てられた人間の子供だったか。

なるほど確かに人狼を狩る事で食わせてもらってるんだから、連中に育てられてるというわけだ。


深夜目を覚まして俺は首元にかけたロケットを見る。

ロケットから放出される微弱な電磁波によって夢をコントロールする装置だとカウンセラーはいっていた。

俺の不眠症の原因は悪夢で飛び起きる羽目になるからだ、

だからといってこれを使っているといつも昔の恋人の夢ばかり見る。それも気分が悪い。

金を握らせれば記憶を消去する銃弾なんて物騒な物をよこすカウンセラーのいう事なんぞ真に受けたことはないが、

見る夢を変えられないか奴に一言言っておかなければと思った。

「出て来いよ赤ずきんちゃん、取って食ったりしねえよ」

「だからこれ頭巾じゃないって、マフラーだよ」

むくれ顔をしながらるりはが物陰から姿をあらわした。

わけあって彼女と俺は一つ屋根の下で共同生活をしている、

言い方にもよるが俺はるりはのお目付け役って所だ。


「N3弾……だよね、これ」

るりはは俺の枕元に置かれた銃弾を手に取ってそういった。

この銃弾にはN1~4、そしてREMと呼ばれる種類に分けられている。

記憶の消去が可能になるのはN3、そしてN4からは。

「もっと強いのなら記憶の描き込みとかもできるんでしょ?」

「なんだ、依頼か?やすかねえぞ」

俺はるりはの手から銃弾をひったくるとウォッカを一杯あおった。

「違うよ!ただ……」

彼女が言いたい事はわかってる、自分に使った事があるか、だ。

「ガキが余計な事気にしてんじゃねえ。

 お前の身柄は俺が預かってる、今は俺がお前の家族みたいなもんだ」

「家族は信用しなきゃ、だね。わかったよアマラ」

その言葉を言わせるために口をつぐんだ俺自身の狡さにはほとほと愛想がつきる。

るりはは俺の頬にキスをすると、おやすみと言って微笑み去っていった。


記憶が人間にとって触れる『物』になってからある異変が起こり始めた。

記憶の癌化だ。

脳内情報である記憶が、思い出が病巣化し脳の処理機能のリソースを奪い取ってしまう。

ある人間がそのメカニズムを使い、

自らの手を汚すことなく人間社会の中に制御不能な殺戮の文化を構築した。


政府は人格に対する有罪判決を行うための緊急法案を可決、

人格裁判が開始される。


人格裁判により判決が下されると被告の人格の内有罪と裁定された範囲を消去され、

別人として作り替えられる。

俺がるりはの後見人に選ばれた理由はたった一つ、

彼女が唯一殺しそびれた人間だったからだ。


俺に撃たれる時も彼女は俺に「おやすみ」そういって微笑んだ。


自嘲しながら俺はもう一杯酒をあおる。

今夜も眠れそうになさそうだ。



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