493回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 292: 黒猟騎士団(3)
ある日ワリス達は都市の外の荒野に放り出され、しばらくして子供達の何人かが突然苦しみ始めた。
子供の数人に棄獣の種を植え付けられていたのだ。
苦しんでいた子供達は体がブクブクに膨れて変色し、心配して側に近づいた子が初めに取り込まれた。
その様子は捕食とも言える凄惨さで、子供達は一斉に狂乱状態に陥り、叫び逃げ惑った。
だけどワリス達を取り囲み、地面に輪を描くように置かれたロープが何らかのオブジェクトだったらしく、走っても走ってもロープのそばに近づけない。
逃げ切れなかった子供達が次々に取り込まれ、大人達は壁の高所の観測所からそれを眺めていた。
子供達は次々に取り込まれて、生き延びたのはワリスとポプラ。そしてみんなのリーダー格だった少年ロックだけだった。
ロックは隠し持っていたナイフで棄獣を攻撃して子供達を守ろうとしたが、何の戦闘訓練も受けていない子供の腕と、食事に使うナイフを研いだ程度の武器では限界があった。
もうダメだと呟くポプラにロックは諦めるなと言って戦う。
しかし疲れと、棄獣に負わされた傷で彼の動きはみるみる遅くなり、ついにロックも棄獣に捕らえられてしまった。
取り込まれる間際に彼はポプラにナイフを渡し、後は頼んだと言って笑った。
棄獣はロックを貪り食うように取り込むと、他の棄獣と融合し大きな化け物へと変貌した。
ワリス達が死を覚悟したその時、棄獣は動きを止め、突然自身の胸に手や触手を突き刺し、体を開いて心臓を曝け出した。
ガルドル文字を読んだ者にだけ聞こえる棄獣の悲鳴が途絶え、棄獣はまるで何かを待っているかのように佇む。
その様子にワリスは、ロックや取り込まれたみんなが残された意思でワリス達を救おうとしているのだと気づいた。
おそらくポプラも気付いていた、しかし彼女は首を横に振り、泣きじゃくりながら立ちすくむだけだ。
棄獣の呻き声が少しずつ戻り始め、体をブルブルと震わせるその様子は、残された力で必死にみんなが耐えているように見えた。
ワリスはポプラからナイフを奪い、棄獣に走り、剥き出しの心臓に刃を突き立てる。
子供の悲鳴が耳に届いた。
それは聞き慣れた仲間の一人の声だった。
棄獣の動きは止まらない。
ワリスが手元を見ると、肉の塊の中から心臓がいくつも浮かび上がってきた。
その一つ一つが生活を共にしてきたみんなの心臓なのだろう。
恐らく全てを潰さない限り、棄獣は殺せない。
ワリスは叫び声を上げながらナイフを振り上げ、何度も何度もそれを振り下ろし、心臓を一つ一つ潰していった。
棄獣から聞こえる悲鳴でどれが誰の心臓だったのか、今自分が誰を殺したのかわかった。
手を止めたら棄獣の肉塊が彼女を取り込もうとする、彼女に手を止めることは許されない。
そんなワリスをポプラは見てるだけ、棄獣が動かなくなり、悲鳴が聞こえなくなると、ワリスは強烈な罪悪感と後悔に苛まれた。
棄獣の体が腐って溶け、異臭を放ち始める。
これがさっきまで一緒にいた仲間の成れの果てだと、彼女は信じたくなかった。
救いを求めて見上げると、大人達は既にいなくなっていた。
彼らにとってワリス達が価値のない物になったのだという実感と、自由を手に入れた安堵、そして仲間達への罪悪感で、ワリスは頭がおかしくなりそうだった。
血まみれになり、溶けていく棄獣の亡骸の上で、感情なんていらない無くなってしまえばいいと彼女は願うようになった。
その後ロープの所為でその場から離れる出る事もできず、死にかけてたワリス達を黒猟騎士団の団長レオが拾った。
運命を殺す死刃の力で、ガルドル文字の呪縛から解放し、レオは彼女達を騎士団の拠点に連れ帰った。
そしてそこで死刃に選ばれたワリスとポプラは黒騎士になったのだ。
「死刃を使うには何かに対して強い願いが必要で、私は感情を殺すこの大鎌に選ばれた。ポプラにもあの子らしい願いがあったみたい。認識を殺すメイス、嫌なことを他人に押し付けて隠れてるのが好きなあの子にはおあつらえ向きよね」
ワリスは肩をすくめてみせる。
「これが私達の関係、誰かに話すのは初めてかも」
そう言うと彼女は僕のジャッジはどう?という表情をした。
ワリスだけから聞いた話で判断するのは良くないし、少し客観性を強めて判断することにはなるけど、その上で率直な感想を伝えることにした。
「君達は酷い環境で追い詰められてた、そんな状況じゃ何が正しくて間違ってるかなんて簡単には言えない。みんなは君達を生かそうとして、君はその願いに答えた。だから自責の念を抱く必要も、ポプラを責める必要もないんじゃないかな。僕は二人が前みたいに友達に戻れたら良いなって、そう思ったよ」
ワリスはその答えを聞いて少しムッとしながらも、しばらくしてため息をついて困った顔をした。
「他人の感情が見えるとこれだから嫌なのよね。本気でそう言われると返す言葉がないじゃない。それに私に好意まであるなんて、君って破滅的にお人好しね。早死にするわよ」
実際早死にしてこっちの世界に来てるから笑えない話だ。
「なるべく死なないように頑張るよ」
なにせこの世界には大切な人が沢山いるのだ。
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集落まで戻ってくると、ふと美味しそうな香りが流れてきた。
「ん?なんかいい匂いがする」
「そろそろご飯の時間だからね、今日は何かな」
ムー!ムー!という声に振り返ると、両手足を縛られ猿轡をされたベイルとドルフが、それぞれ丸太に吊るされ、運ばれていた。
彼らは僕に助けを求め、もがきながら必死の顔をしている。
「食べるつもり!?」
「あらー、ここのみんな半狂人だからこういうこともあるのよねぇ」
「冷静に言ってる場合じゃないよぉ!!」
慌てて止めに入りなんとか事なきを得た僕達は、その後モンスター肉のない食事をいただくことができた。
ヘルズベルの国から追われる立場でありながら、彼らが提供してくれた食事は都市部で食べるものと遜色がない。
恐らくワリスの支援によるものなのだろう。
棄民として追放された彼らをかつての仲間達と重ねているのかもしれない。
このキャラバンは彼女が殺せなかった感情によってできているのだ。
僕は彼らが分けてくれた貴重な食料を、噛みしめるようにして食べた。




