49回目 人の形をした獣
異星文明との人類のファーストコンタクトは悪夢とともに訪れた。
その文明を築き上げた生命体はすでに滅亡し、
人類が接触したのはその生命体の残した文明の残滓、あるシステムだった。
種族が行った最終戦争末期、彼らは自らの存在の愚かさを嘆き罪を悔いて贖罪を願った。
彼らは自分たちの最終戦争プログラムに対してある命令を下す、
この世界に存在する全ての知的生命体を滅ぼせ、と。
彼らは自分達以外に知的生命体が現れる事など想定しなかったのだ。
そしてシステムは人類を見つけ、最終戦争の続きを開始した。
人類は敵性文明体の迎撃のための兵器を開発する。
それは人間の脳をその兵器の操作のために改造することで使用できる極限兵器であった。
敵性文明体の戦艦から人間そのものとしか判断できない少女が発見された。
人類ははじめ彼女を異星文明の生き残りと考えたが、
異星文明にとって人間はただのおもちゃとして生成される物でしかないという事実が判明する。
体も心も魂さえ、彼らにとっては容易く生み出す事の出来るおもちゃであった。
極限兵器のパイロットである影里 晃は
自分の存在を知覚できなくなっている事に恐怖を覚え始めていた。
兵器を操るように自分の体を操っているような感覚、
彼の五感は少しずつ無機質な情報へと変換されつつあった。
他のパイロットの中にも発狂する者も出始めていると噂を聞きながら、
晃は恋人の八鶴に抱かれ、彼女に自分の体を感じてもらう事で辛うじて正気を保っていた。
脳のエンジニアである八鶴の解析の結果、晃に起こっている現象の正体が判明する。
極限兵器のパイロットの改造された脳は
人間が自身を人間であると定義する機能を欠損しており、
兵器運用のための情報処理を行えば行うほど俗に言う感情や心などの
人間が情報錯覚によって認識している自己のアイデンティティを喪失していくのだ。
晃は八鶴に止められながらも、彼女を守るために戦い続ける。
敵性文明体の戦艦から発見された少女メロディは晃と出会い、
彼に自身の存在を一人の人として認めてもらい、名を与えてもらった事から彼を慕う。
晃は八鶴が自分にはもはや人間としてではなくただの実験対象としての感情しかない事を悟る。
彼女が彼にする全ての人間的な行動は、彼女が彼のデータを解析して、
その人間性の残った部分を強く刺激する要素を集めた行動でしかなかった。
晃は自分の身の上とメロディの境遇を重ねてみていた。
人の形の人ならざるもの。その悲しみを分かち合えるのは彼だけだと知っていたから。
メロディは自分と同じように誰からも人間として扱われていない晃を助けたいと願うようになる。
その願いが彼女にとって悲劇を招く選択だとしても。
そして人類にとって最後の手段となる戦廷文書計画が発動される。
敵性文明体が知的生命体を破壊するシステムであるなら、
自分自身を知的生命体として認識するように改変してしまえば自滅させることができる。
晃は自分が託されたその崩壊因子プログラムがなんなのかをよく知っていた、
すでに人の形を失ったそれの正体を知っていた。
彼女は彼を人として扱ってくれた最後の人だ、
彼が彼女を人として扱う方法はもはや一つしかなかった。
彼女の選択を尊重し、それを遂行する。
それが全てを失った彼が取れる人間としての最後の手段だった。




