463回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 263:私の初恋の人だから
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早朝、伊織が工房で作業していると、誰かが扉を叩く音が聞こえた。
「珍しいわね、誰だろ」
伊織は作業を中断し扉を開く。
「おはようございます伊織ちゃん」
「おはよう、どうしたのほのか、私に何か用事?」
ほのかはあたりの様子を伺い、誰もいないのを確認すると工房に入って扉を閉めた。
「伊織ちゃんに確認したいことがあります」
「なによやぶからぼうに」
伊織は苦笑しながら答えるが、ほのかの真剣な目を見て真面目に聞くことにした。
「伊織ちゃんは雄馬くんの事好きですか?」
「えっ!?なに、マジで聞いてる?」
伊織は返答に困った、本人に打ち明けてすらないのに、他人に彼を想う気持ちを言う気にはなれない。
「恋愛感情とかはない……かな」
「本当に?」
「本当本当」
伊織は雄馬や陽介が聞いたらからかうくらい上擦った声で答えた。
そんな彼女にほのかは胸を撫で下ろし「よかった」とつぶやいた。
「どうかしたの?」
「私雄馬くんに告白したいんです」
「……え?」
「伊織ちゃんが雄馬くんの事好きだったら、お邪魔しちゃだめだって思ったんですけど」
伊織の頭の中でいろんな考えが渦巻いていた。
しかし伊織はすぐに正直な気持ちを話すべきだと決めてそれを言葉にしようとした。
「あー、あのさ」
「雄馬くん私が初めて好きになった人なんです」
「そう……なんだ」
伊織は自身も雄馬が初恋なのだが、それゆえにその気持ちの大切さは理解できてしまう。
そして彼女は自身よりも友人の幸せを優先してしまう性格だった。
「すごいじゃん、やるなぁ雄馬、あはは」
あーなにやってんだろ、馬鹿だ私。
伊織は頭の中で自身の気持ちを押し込めた自分自身を責める。
「雄馬くんがいたから私自分に自信が持てて、夢も叶えることができたんです。一緒に頑張ってくれる雄馬くんを見ていたら、私雄馬くんの事ばかり考えるようになってて」
ほのかは伊織を屈託のない笑顔で見た。
「雄馬くんのくれた勇気で、告白したいって思ったんです」
伊織はもうそんな彼女の障害になろうとは考えられなかった、いつだって彼女はそうして他人の為に自分を犠牲にしてきた。
伊織はそんな自分にまるで呪いのような性分だと感じていた。
それでも彼女は自身のせいで不幸になる人は見たくないと、そう感じてしまう。
「そっか、偉いねほのかは」
言い出せない自分よりも。
「協力するよ、なんでも言ってね」
自分の知らないところで話がついてしまうのは耐えられないから。
「ありがとうございます!伊織ちゃん!!」
ほのかは心から喜び伊織の手を握った。
伊織はそんな彼女の純真さが眩しくて、言葉裏に暗い感情のある自分自身が惨めだと思った。
今でさえ彼女は告白されてもその話を受けるかどうかは雄馬が決めることだからと、自身の可能性を捨て切れていなかった。
それが原因でほのかが断られてしまえばいいとよぎる自分の心を嫌悪した。
「あーあのさ、私作業きりの良いとこまでやりたいから」
「ごめんなさい、私もう行きますね」
「うん、聞きに来てくれてありがとう」
「こちらこそ、伊織ちゃんありがとう!私頑張ります!」
ガッツポーズをして心から楽しそうに工房から出ていくほのか。
それに対して金槌を握り、作りかけの武具を目の前にして憂鬱になっている伊織。
「ほんとバカだな、私……」
彼女は自身の暗い気持ちを振り切るため、再び金槌で鉄を打ち始めた。




