458回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 258:君の帰る場所(3)
ハイエナ獣人の一人がナイフを突きの形に構えてベイルに突進する。
元魔王軍なだけに鋭く瞬発力も高い。
しかしベイルの姿が瞬時に消えて、横に飛んでいた彼はハイエナ獣人の脇を狙い接近する。
「ベイルの分際で!」
ハイエナ獣人はその動きに回し蹴りを繰り出す。
ベイルは相手の蹴りに自らの蹴りを入れ軌道を逸らすと、その蹴り足で相手の軸足の内腿を蹴り穿つ。
「ぐぎゃっ!?」
ベイルを羽交い締めにしようとハイエナ獣人が乱入。
ベイルは相手の勢いを利用し、掴まれた手を軸にしてハイエナ獣人を投げ飛ばす。
投げられたハイエナ獣人は地面にバウンドし、呼吸困難になり悶えた。
さらに一人殴りかかってきた相手の拳をベイルは前腕で逸らせ、体を相手の懐に捻り込みその勢いを使い鳩尾を打つ。
「シッ」
ベイルは口から切るように息を吐きながら、彼の死角から殴りかかってきたもう一人の腕に振り向きざま肘をそわせて、体捌きで拳を交わしながら肘で喉を打って倒した。
弱っているとは思えない神速の動きだ。
彼が動くたびに微かに黒い粒子が舞っているようにも見える。
「ベイル!」
危険を知らせると、ベイルは体を翻し迫り来る敵を見た。
「うらぁ!」
ベイルは突き出されたナイフを上半身を逸らして交わし、ガラ空きになった相手の手首を掴み、引っ張って相手の姿勢を崩しながら顔面に蹴りを入れる。
さらに相手の蹴りの速度が乗る前に自分の足を相手の足につけ、踵で相手の足を掴んで引き倒しながら逆の足で相手の顔を蹴る。
忍び寄ってきていた一人が蹴りを放つ。
ベイルは横腹で蹴りを受けながら掴み、体捌きで威力を逃し、足首を極めると、相手の体を空中で横回転させ腹部に三段蹴りをしながら上昇、そのまま体を前宙させ相手の延髄に踵落としを食らわせ地面に叩きつける。
着地時を狙おうとナイフを構えて迫る敵に対し、ベイルは伏せるように地面に降り、そのまま流れるようにスライディングし、近づいていた一人の足に足を絡ませ、もう一つの足で顎を蹴り上げる。
ベイルが両腕を眼前で交差させると、両手の指で彼に向かい投げられたナイフをキャッチし、彼は両腕を真横に伸ばして投げ返す。
「ヒッ」
「あわ、わわわ」
顔の横に刺さりへたり込む二人のハイエナ獣人、他の二人は完全に意識を失っているようで、白目を剥き泡をふきながら痙攣している。
「もっと痛めつけて欲しいか?」
ハイエナ獣人達は首を横に振る。
「じゃあさっさと気失ってる二人連れて消え失せろ!!」
ベイルの怒号にすっかり怯え切ったハイエナ獣人の二人は、いそいそと仲間を抱えて去っていった。
彼らがいなくなるのを見届けると、ベイルは滝のような汗を流して地面に膝をついた。
「はー……はっ、はっ……」
息も絶え絶えな荒い呼吸の後、彼は胃の中のものを全て吐き出した。
僕はふらふらの体を引きずってベイルに歩み寄り、彼の背中を撫でる。
「ベイルいつの間にこんなに強くなったの?僕びっくりしたよ」
「……雄馬、ちょっと歯食いしばれ」
「え?」
ベイルに突然頬を殴られ僕は目を丸くした。
彼の体に力が入らないからなのか全く痛くなかったが、ベイルの表情は険しく、何より悲しげだった。
「ベイル、どうして……」
「馬鹿野郎、わからないなんて言わせねぇぞ!」
そう言うと彼は意識を失いかけ、僕は彼を抱きとめた。
「お前が俺の為に死んだりしたら、俺はどうなると思ってる」
小さな声でそう言うと、僕の腕に冷たい雫が落ちる。
ベイルが泣いている。
そうだ、そうだった
彼は仲間との訣別を覚悟してまで僕と生きることを選んでくれた。
なのに彼の為に僕が死んでしまったら、きっとベイルは自身を恨みながら生きる事になる。
僕はなんて馬鹿なんだろう。
ベイルが心配で目先のことしかわからなくなっていた。
「ごめんベイル、僕君に酷い事を……」
言いかけた僕をベイルが力なく抱きしめる。
息も絶え絶えな彼の精一杯の力が僕に注ぎ込まれていた。
「俺にはお前しかいないんだ、もうこんな事しないでくれ」
「うん、わかったよ」
僕は彼を抱きしめる、もう離れない、その意志がベイルに伝わるように強く。
「ずっと一緒にいるよベイル」
「おーい!ゆう坊無事かー!?」
「……なにやってんだあいつら」
ベイルがキョトンとした顔で見つめている先には、角材やフライパンなどを武器に駆けつけるブルーノ達の姿があった。
「ハイエナ連中ほうほうの体で逃げてったが、ゆう坊がやったにしちゃひでぇ有様だな……」
ブルーノはそう言って僕とベイルを肩に担いでくれた。
「ベイルだよ、すごく強いんだ」
「よせよ、なんか恥ずかしいじゃねぇかよ」
そう言いながらベイルは少し赤い顔をして耳を伏せる。
「僕を助けにきてくれたベイルすごくかっこよかった」
「やーめろってぇ」
口では嫌がりながらもベイルの尻尾はブルンブルン振られ、その様子にその場のみんなが笑い声を上げた。
僕とベイルは互いの顔を見つめて笑顔を浮かべる。
僕らはブルーノ達のアジトに泊めてもらうことになり、筋肉ムキムキのブルーノタクシーでアジトまで運ばれることになったのだった。




