46回目 夏のラストグラフ
海洋生物学者の父に半ば拉致される形で連れまわされている少女夏月。
彼女はあっけらかんとした性格で細かい事にこだわらない所があり、
自分の境遇についても全く疑問を持たないどころかエンジョイしている始末だった。
父と共に夏月は海の生物に異常が起きている原因を探していた。
つかいっぱしりのダイビングももう慣れたもので、
夏月にとってはもうただの遊びのようなものになっていた。
今日も父が研究中のマインドアクセプターを持ち出して、
出会ったイルカに対してコンタクトを図り、相手の反応を見て楽しんでいた。
マインドアクセプターは装着者と対象生命体を電磁波によって接続状態にし、
その精神活動、つまりは感情の状況を互いに感知しあう事の出来る端末だ。
しかしその日であったイルカは端末を通して接続された夏月に対し、
感情以外の情報を伝えてきた。
それは問いだった。
「君は俺の意識が理解できるか」
それに対して夏月は驚きながら、つい「できる」と頭の中で答えてしまった。
イルカは夏月を導いて海中に埋没していた地球外生命体の宇宙船の残骸と、
そのブラックボックスを夏月に回収させた。
その宇宙船の持ち主は人類が発生する以前に地球に訪れ、
自分達以外に文明を持つ生命体を増やすためにテラフォーミングと種の調整を行っている存在だった。
イルカはその宇宙人の末裔、ラストグラフと呼ばれる存在だった。
イルカの名前はディといった。
海は宇宙人が地球外から持ち込んだそれ自体が巨大な惑星規模生命維持装置だった。
夏月と父が追っている海洋生物の突然変異と生態系の変化は、
海にアクセスできる機能が生きた宇宙船に人間が干渉しているからだとディは言った。
日本の領海に潜入した国籍不明の集団が宇宙船を地球の気象コントロール装置と勘違いし、
ましてや気象兵器として利用する実験まではじめていたのだ。
出鱈目な操作の結果生命維持機能に不具合が発生し、
海洋生物から順番に遺伝子レベルから異常が起きているのだとディは言う。
規模が拡大していけば地上の生命体も取り返しのつかない状況になる、
その前にどうにかして宇宙船の機能を停止しなければならない。
マインドアクセプターの機能がラストグラフが所有している宇宙人の科学技術に系統が近く、
応用することで外部から宇宙船に介入して自壊プログラムを起動できるといわれ、
何とか装置は用意することはできたが宇宙船を警備している船をどうするかという所で、
夏月は物凄く悪い笑顔を浮かべてディを見つめ、ディは目を丸くして嫌な予感でいっぱいになった。
翌朝国籍不明の集団達は自分たちの置かれている状況を理解できず愕然とした。
周囲を取り囲んでいるのは俗にいうイルカ大好きおじさん集団、
そう、イルカやクジラを捕獲しようとする船に体当たりとかするあの集団が、
黒山の人だかりならぬ舟だかりとなって国籍不明集団の船団をぐるりと囲んでいたのだった。
ディが精いっぱい可愛らしいイルカのふりをしながら仲間のイルカと共に現れ、
さも国籍不明集団に捕えられるような悲痛な動きで海に沈んでいくのを皮切りに、
イルカ大好きおじさん達の怒涛の特攻が始まりだした。
海の中で夏月はディと合流しながら彼をねぎらい、
騒ぎに乗じて装置をセットする。
国籍不明集団による気象兵器攻撃が始まり、
彼らがコントロールを失いシステムが暴走し始め、
地球全土に天変地異が発生し始めた瞬間、間一髪のところで夏月とディは装置の起動に成功し、
宇宙船をただの鉄の塊にすることができた。
目的も果たし父は論文をせっつかれ、夏月は地上での生活に戻る事になった。
別れを惜しむディ、夏月は彼に言う。
「今回みたいに助けが必要ならいつでも呼んで!そうじゃなくても遊びにくる、絶対!」
ディはそういう彼女に心から嬉しそうな笑顔を見せた。
夏月と父の乗った船が動き出し、その姿が見えなくなるまでずっと二人はお互いを見送っていた。
もう二人の気持ちを互いが知る事に機械の助けは必要なかった。




