449回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 249:もう一つの心
誕生日会の後、雄馬はベイルのお見舞いに向かい、伊織は皆と別れ一人あてもなく歩いていた。
空が微かに暗くなっていく時間の冷たい風が彼女の頬を撫でる。
伊織の脳裏にほのかに抱きつかれる雄馬の姿が浮かび、彼女は顔に手を当てため息をついた。
「どうしたいのよ私は」
自分に問いかけるようにひとりごちる、しかし答えはわからない。
漠然とした焦りと不安が彼女の胸の中を埋め尽くしている。
「お手伝い必要ですか?」
「ミキノ」
いつの間にか伊織のそばにミキノがいた。
まるでずっと自分を見ていたようなタイミングだ。
伊織は少し警戒したが、後輩の親愛の情を感じる眼差しに、彼女はその違和感を飲み込むことにした。
「手伝いが頼めることなら頼みたいけどねー」
伊織は思い悩んで行動しない自分を自嘲しながら言った。
「私何でもしますよ、遠慮しないで言ってください」
「人間関係でちょっとね」
好意を無碍にするのもよくないと思い、伊織は悩み相談くらいの気持ちで答える。
「私って可愛いっていうのがわからなくてさ、性分じゃないし。でも男の子って可愛い子の方が魅力的に感じるのかな?」
「邪魔者がいるんですね」
その言葉で伊織に悪寒が走った。
胸の内に秘めた後ろ暗い気持ち、ほのかさえいなければという感情がないとは言えない。
それを掘り起こし悪性に誘惑をかけるような甘美な声に恐怖を覚えた。
伊織はミキノに対して、まるでもう一人の自分を前にしているような気持ちになった。
「どうかしたんですか?」
不思議そうな顔をするミキノに、伊織はハッと我に帰る。
「どうかしてるわ、私」
ミキノはミキノだ、他の何者でもない。
彼女に対して恐怖を覚えるなら、おそらくおかしいのは自分の方だろう。伊織はそう考えた。
「パーティの準備やら何やらで疲れてるのかも」
「先輩は私のこと誤解してます」
今勘繰ったことに対してだろうか?
「私、先輩のためなら全てを捧げたっていいんです」
「ずいぶん重い話を切り出してきたわね、あんたの冗談はわかりにくいから気をつけた方がいいと思う」
そういって伊織はミキノの頭を撫でる。
「だけど話しかけてくれたおかげで気が紛れたわ、ありがとうミキノ」
「こんな事くらいならいつでも」
「おやすみ、また明日ね」
「おやすみなさい」
ミキノは去っていく伊織に手を振り見送り、一人きりになった。
「だけど私の気持ちは本当なんです、先輩」
仄暗い回廊で一人、ミキノはぽつりとそう呟いた。




