447回目 プロメテウスの火が消える時
「人がセックスに快感を覚えるのは何故だと思う?」
酒場で男が酒を飲んでいると、隣に座った男からそう話しかけられた。
なんだこいつは?と内心思いながらも、男は彼の顔を見る。
「理由はそうでもしないと生殖しようとはしないからだ、動物と同じにね」
「自分は俯瞰で見れていると思いたいからといって、他人を侮辱するのは感心しないな」
「人間は高等な生き物だから理性でなにもかも行える、というのは現実を認識できないお子様の考えさ」
「アンタみたいなインテリぶった奴が来るにはここは少し小汚くないか?」
「俺は愚者でいたかった、できる事ならね。だからこういう場所の方が気が楽でいい。それに俺に会いたがってる男に興味があった」
「羊飼いか、未来がわかるって聞いたが、ずいぶん不用心だな」
男は気づかれない様に上着の下の銃に手をかけ、安全装置を外した。
「俺の目的も知ってるんじゃないのか?」
「君がそれをしないところまで知っていれば、あとは好奇心が勝つってだけの話さ」
余裕ぶった顔をしながら羊飼いはバーテンの出したグラスを手に取り、中の琥珀色の液体を一口飲んだ。
「気に食わないな、それにあんた達の事を詐欺師と言う奴もいるぜ。俺も正直未来予知なんて信じられない」
「もうすぐだ、TVを見ててごらん」
羊飼いに言われTVを見ると、ニュースで中継をしている様だった。
羊飼いが指を鳴らすと、画面に映っていた建物が爆発して吹き飛ぶ。
「まさか本当に未来がわかるのか?」
「俺が爆弾を仕掛けたんじゃないかと疑いはしないんだな」
「爆発の仕方を見れば爆薬かガス爆発か区別くらいつく。俺の正体を知ってるなら細工がすぐにバレるのも知ってるはずだ、証明のためにこんなリスクを犯す馬鹿でもないだろ」
「全て俺たちの管理する未来予知装置が予測した事だ、もっとも人類にとってのプロメテウスの火になることはできなかった、失敗作だがね」
「未来予知が本物なのに?」
「予知を伝える事で発生するバタフライエフェクトが想定より大きくてね、人間の反応が予想以上のノイズになって未来改変が不可能だと分かった」
「人が愚かだと言いたいのか?」
「社会性があろうがなかろうが、野生動物は御し難いのさ。落とし穴があるから餌に近づくなと言ったところで、野犬が止まることはないんだ」
「だとするとお前たちを名乗りながらいかがわしい宗教で稼いでる連中も」
「ノイズの一つだね。万人に英知を与えない限り、未来の予測ができたところで何も変わらない」
羊飼いは苦々しい気持ちを飲み下すように、もう一口酒を飲む。
「預言災害を避ける上で不利益を受ける権力者からは敵視され、挙げ句の果てに俺たちの観測で未来を固定してるとのたまって殺害対象に指定されて。他の羊飼いは皆諦めて、自分たちが生き延び人類を存続させる方向に動いた」
「他の連中はどこに?」
「探しても無駄だ。俺は地上に残った最後の羊飼い、他は皆地下シェルターの中に籠った」
「一人で政府の追跡を避けて活動してたというのか、それで成果はどうだったんだ?」
「ギリギリまで粘ってみたが、やはり無理だったよ。今日世界は滅亡する」
「冗談にしちゃセンスが悪いな」
「羊飼いのシェルターを狙いステルス核ミサイルによってこの地方を政府が爆撃する。発射と巡航を探知されない核兵器の存在を危惧した各国がこの国を標的とした攻撃を仕掛けて、そのまま全てがボンッ、それで終わりだ」
突然打ち明けられたことに男が対応できないでいると、羊飼いが男に提案した。
「これからシェルターに向かう、君だけなら一緒に連れて行くこともできるがどうする?」
少し考え、男は首を横に振る。
「せっかくだが遠慮させてもらう、俺は今の人間の世界が好きなんだ」
羊飼いは残念そうな顔をしてグラスをあおると席を立ち踵を返した。
「俺が断るのも知ってたんだろ?」
男のその言葉に羊飼いは静かに微笑み立ち去って行った。
神話の時代にプロメテウスから火を受け取り損ねていたら、やはりその時点で人類は闇の中に消えていたのだろうか。
男はただ世界の終わりを知ることで、自らがやるべきだった事を最後に行う勇気が持てた事、それを幸運と考え酒場を後にした。




