45回目 春のパラドクス
前世の記憶が存在しそれを読み取るのがブームになっている時代
発見当初は慎重な扱いをされていたが砂漠にダイヤのようなもので、
たいていが庶民の前世記憶なため政府が放置し、
市民はアルバム写真のような感覚で前世の記憶を掘り出していた。
しかしある時春は自分の前世の記憶がどうも未来の人間であることに気づく。
未来の自分の記憶との齟齬から、未来の前世の記憶を使い新技術を発表している人たちの存在を知り、
それによるタイムパラドクスが起こり始めていることに気づく。
時間が流れる速度が少しずつ遅くなり始めている。
知覚としての1秒が現実での1.3秒。
時間が停止すれば永遠に終わらない一秒の中を意識だけがさまようことになる。
この存在し得ない時間軸が凍結されようとしている。
春はデータウィルスを世界中のサーバーに増殖感染させようとする。
未来のテクノロジーには現代には存在しない技術体系のBIOSコードが必要なため、
そのBIOSコードを全て破壊するのだという。
未来では現実のウィルスと同じようにサーバー内に自然発生するようになったデータウィルスが問題化していて、春の前世はそれの処理を行うAIだった。
春の前世では人類は死滅していて、春は一人でいつか訪れるかもしれない異星文明、
もしくは新たに発生するかもしれない次世代文明に人類の痕跡を伝えるためのデータベースを守り続けていた。
彼女にとっての死は物質的な死というよりも自我が風化してAIとしての機能を残しながら人格が消失するという死であった。
他者の存在がないため彼女が自我の喪失を防ぐために苦心しても逃れ得ない、地球最後の意識にとって孤独は不治の病だった。
彼女は前世冬しかない世界の中で季節を感じたいと願っていたのを思い出す。
ウィルスによる作戦が成功し、
それによる技術危機の影響も春が未来で記録してきた時間軸とは異なる、
埋もれた技術者の才能を発掘することで解決の目をみていた。
タイムパラドクスの影響が解決して季節は冬から春へと移り変わっていく。
春は自分を支えてくれた青年と共に桜並木を歩きながら、彼にささやかな感謝を伝える。
満開の桜の下、彼女は前世の自分の望みだった春を心から歓迎していた。




