442回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 244:歌姫オーディション(6)
講義の後、伊織はベイルのお見舞いに行った雄馬達と別れ、人気のない回廊を歩いていた。
「何か用?」
そう言って伊織が立ち止まると、後に続いて歩いていた将冴が彼女の横に立った。
「俺の為に場所を選んでくれたのか?」
「なんで私に構うのか聞いときたいだけよ」
「専属のブラックスミスが欲しいと思っていてね、君いつもの連中以外から装備を依頼されることないだろ?」
とある事情で伊織が断り続けているだけだが、将冴はいかにもお前嫌われてるんだよな?みたいな態度で毎度言ってくる。
事実とは違うが、それはそれで嫌な気持ちにはなるので、伊織は迷惑していた。
「俺の専属にしてやってもいい、腕はいいみたいだしな。アバター化できない奴のために、クラフトスキル無しで装備を作るのは大変だろう?」
「心配してくれるなんて優しいのね、見直しちゃったわ。その優しさを雄馬や陽介に向けられるならもっといいんだけど?」
できないしやらないでしょあんたは、という目つきで伊織は将冴を睨む。
対する将冴は意に介さないといった様子で、自身と壁で伊織を挟み、彼女の顔の横に勢いよく手をついた。
いわゆる壁ドンである。将冴はキメ顔をした。
「お前のそういうスパイスの効いた態度が気に入ってるんだ。俺にそんな態度ができるのはお前くらいだからな、面白いよお前は」
「こっちは迷惑してるんだけどね、あんたの事嫌いだから」
そう言うと伊織は将冴を押し退け埃を払う仕草をした。
「なんなら専属のブラックスミスと言わず、恋人になってやっても良いんだが」
嫌いって言ったでしょという表情をしながら、伊織は答える。
「デリカシーのない人は好みじゃないのよね。それに私好きな人がいるから」
「山桐雄馬、あいつか?」
伊織は苦い顔をした。
そんなに雄馬に対して気があるそぶりをしてしまっている自分に対する恥と、それを将冴に言い当てられる屈辱。
「あんな冴えない男の何が良い、お前にとってマイナスしかないんじゃないのか?」
「あいつはあんたにはない物をたくさん持ってる、無神経で自分勝手な奴じゃ得られない良いところがたっくさん!あるの」
伊織は将冴の胸に人差し指を突き立て、彼を睨みつける。
「だから私はあんたに惹かれない、これ以上は話しても無駄。それじゃ」
将冴は伊織の去っていった方角をじっと見ていた。
「将冴さん、こんなとこにいらしたんで」
ヤスが将冴に駆け寄ると、将冴は歯軋りしてヤスの顔面を殴りつけた。
「ぶげぁあっ!?」
鼻血を出して地面を転がり、ヤスは涙を目に浮かべて将冴を見た。
「ど、どぼじで……ぇえ」
「伊織、お前を後悔させてやるッ」
将冴はそう言うと、壁を殴り爆破して一帯を吹き飛ばした。




