439回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 241:歌姫オーディション(3)
礼拝堂にたどり着くと、先に来ていたほのかがボイストレーニングをしていた。
「やあほのか」
「雄馬くん!来てくれたんですね」
「約束だもの、それとこの間借りたリュック返すね」
僕はウサギの刺繍のついたリュックを差し出した。
魔石を出した後でリュックの中を確認したら、たしかに汚れ匂いうつりひとつなかった。
気持ち的に手揉み洗いしたものの、水や洗剤までつるんと弾いて不思議な気持ちになった。
リュックを受け取るほのかに、ありがとねと言うと彼女は気持ちのいい笑顔でどういたしましてと答えた。
僕はさっそくほのかに歌ってみてもらう事にした。
歌詞はしどろもどろ、踊りもギクシャク、とても昨日と同じ人物の歌とは思えなかった。
たしかにこれは問題だなぁ……、さてどうしたものか。
次は姿が見えないように、僕が影の中に隠れた状態で歌ってもらった。
結果はやはりカチカチだった。
見られてるという認識で極端に緊張してしまうようだ。
ほのかはそんな自分が悲しいようでしょんぼりしている。
無理にあの手この手で歌ってもらうより、少しアプローチを変えたほうがいいかもしれないな。
「ほのかトレーニングしよう」
「トレーニングですか?でも人前で歌えないのをなんとかしないと」
「君に足りないもの!それはコレだ!!」
そう言って僕は自分の胸を叩いて見せる。
「えっと、胸、違くて、心……でもなくて。自信、自信ですか?」
首を捻り考えたほのかに僕はうなづいた。
「ほのかに足りないのは自信なのかも、自信を付ける為のトレーニングとかどうかなって」
「なるほど、自信。そうですね、失敗したらどうしようって胸がいっぱいになって、頭が真っ白に……トレーニング、やりたいです!」
「よし、それじゃ決まりだね。明日朝一にグラウンドで集合だ」
「はい!よろしくです雄馬くん!」
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翌朝、雄馬とほのかはグラウンドでトレーニングを開始した。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「声が小さい!相手の心に拳と感謝を届かせるんだ!」
「はい!ありがとうございます!ありがとうございます!」
感謝の言葉を叫びながらの正拳突き千回。
「絶対!大好きな気持ち!」
「大好きな気持ちぃ!」
「届けたーい!君のハート!にっ!!」
「はいはいっ!」
走りながら、掛け声の形にして言えば人前でも言えるかも作戦。
「彼らの特訓は熾烈を極めた。しかしそのかいあって、ほのかはメキメキとアイドルとしての実力をつけ、今では彼女のアイドル強度は三万に到達しようとしていた……」
「なに勝手にナレーションつけてんの」
伊織は呆れたように陽介にそう言った。
「いやーあの二人見てると面白くてさ」
グラウンドの片隅でトレーニングをしていた陽介は、笑いながらそう言った。
「何がやりたいのかはまったく理解できないけどね」
「俺少し心当たりあるかも、昔アイドルバトラーキョウってアニメでこんな感じの特訓回があったんだよな」
「アイドルバトラーって、あれバトル系魔法少女ものじゃなかった?」
「歌の力で武装して戦うあれな、バトルが熱くて面白かったわ」
「プレイヤーのジョブにアイドルバトラーなんてなかったと思うんだけど」
「まさかアイドル目指してやってるわけはないだろうし、……ないよな?」
「嫌な予感がするわね……」
謎の緊張感を走らせる二人を尻目に、雄馬とほのかはトレーニングを続けるのだった。




