429回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 232:炎の中の真実(5)
「ん?」
影になっている通路の中で、人影がこちらに向かって手招きしているのが見えた。
「俺の仲間だ」
ベイルは僕の前に出ると、少し強張った表情でそう言った。
「悪い雄馬、行ってくる」
「わかった、待ってるね」
「すぐ戻るから!」
そう言ってベイルは人影の方に走り去っていった。
----------
物陰に隠れていたのはハイエナ獣人達だった。
仲間に合流したベイルは、血のような赤い液体の入ったガラス管を渡された。
「遅効性の毒だ、体が痺れて動けなくなる。アイツが 祓魔師 の任務で外に出る時に飲ませろ」
「え?そんな事したら雄馬が……」
「戦いの最中に体が動かなくなれば死ぬだろうな」
ハイエナの一人が呆れたような顔でベイルの鼻を指さす。
「こいつには殺せって言った方が早いぜ」
その言葉にベイルは顔を青くした。
「雄馬を殺せだって?何言ってんだよ」
「何を言ってるはこちらのセリフだ、アイツに協力するフリをして近づいた理由を思い出せ」
ベイルはハイエナ達に命じられ、魔王軍獅子王派閥の作戦妨害の為、雄馬に近づいた。
彼が雄馬の奴隷になると名乗り出たのもその為だ。
全ては魔王軍とブロードヘインとの戦いにおいて、皆殺しの憂き目に遭わされたハイエナ族部隊の復讐のためだった。
「で、でもさ。獅子王軍への仕返しなら他になんか方法あるんじゃないのか?アイツらが雄馬を連れ出そうとしてるからって……」
「まだわからないのか、裏切り者ドルフ配下獅子王軍、奴らが重要視してるアイツこそ俺たちの本当の敵。あの戦いを指揮し俺たちの部隊を全滅させた男だ」
「嘘……だろ?」
「俺たちを疑うつもりか」
「そっそんなことない!俺だってみんなの役に立ちたい、だけどさ、あいつ何も知らないみたいで」
「黒騎士にやられて記憶がなくなってるって話だ。もしかして情でもうつったか?」
見透かされ、冷たい目をされてベイルは小さくなった。
彼らの心には人間に対する憎悪しかない。
雄馬との仲を知られたら嫌われると彼は思った。
しかしハイエナ獣人は優しい顔をしてベイルの肩を叩いた。
「それならむしろチャンスだぞベイル。記憶が戻る前に殺してしまえば、あいつはお前のことを好きなまま死んでくれる」
ベイルの背筋に悪寒が走る。
彼はそんな事をこんな表情で言える男ではなかったはずだ。
それとも雄馬と仲良くなりすぎて、人間に対する感覚が彼らと剥離しすぎてしまったのだろうか。
「その通りだベイル。あいつに記憶が戻ったら敵側にいたお前なんて嫌いになる、いいのか?」
優しい顔で優しい声で、そんな話をする彼らにベイルは押し潰されそうになった。
「雄馬……」
ベイルは雄馬と一緒に過ごした日々を思い出し、それを失う恐怖に震える。
彼にとって、雄馬の存在は大きくなりすぎていた。
雄馬に憎まれるなんて考えたくも無い。ベイルは歯を噛み締めながらそう思った。
「あとはお前次第だ、お前が復讐を果たさなきゃ俺たちは救われない。それを肝に銘じておけよ」
ベイルはその言葉に対して、葛藤の中小さく震えることしかできなかった。
----------
僕とベイルはあの後地下のアジトに少し滞在し、地上に戻って伊織達と合流、教会へと戻る馬車に乗った。
魔王軍のメンバーに話は聞いてみたものの、実働班が不在だった為、有益な情報は得られなかった。
地下のアジトで少しの間いなくなってから、ベイルの様子がなんだかおかしい。
暗い表情をして、俯いて押し黙っている。
「ねぇベイル、何かあった?」
僕が何を問いかけても答えてくれない。
元気のない彼をほおっておけず、僕はベイルの隣に座り彼の返事を待つ。
ベイルはそんな僕の腰に柔らかく尻尾を巻き付け、僕は左太ももに乗った尻尾の先を包み込むように握った。
その日の晩、結局僕らは一言も交わさないまま、互いのベッドに寝転んでいた。
険悪なわけじゃないのに、なんとなくバツが悪い。
僕はベイルが気になって彼を見た。
彼は深刻そうな顔をしてじっと天井を睨み続けている、こんなベイルを見るのは初めてだ。
「なぁ雄馬」
「はいっ!?」
いきなり話しかけられ、僕は慌てて天井を見た。
「雄馬は俺の事どう思ってるんだ?」
えっ。
僕は少しフリーズした後、ベイルの質問に小さく笑った。
「なんだよ、変なこと聞いたか?俺」
「ごめん、ベイルまで伊織みたいな事聞くんだと思ってつい」
どう思ってるか、それを知りたいと思ってくれるって事は、好意を持ってくれてるという事だ。少し安心した。
ずっと思い悩んで聞くことがそれだなんて、なんだか可愛らしい。
深刻な悩みとかじゃなくてよかった。
「ベイルは友達、家族みたいな大切な友達だよ」
友達以上恋人未満って言うとあれだけど、僕にとってベイルはそばに居てくれないと困る存在になっていた。
「君がいてくれるからいつだって勇気が出る、なんとかなるってそう思える。僕にとって大事な人だよ、君は」
「そうか……」
「ベイルは?」
「へ?」
「僕のことどう思ってるの?」
「えっと……あの、その……なんと言ったらいいか……」
ふふ、困ってる困ってる。
相手に尋ねるなら自分も答えるものだよベイル君、なんて、単純にベイルが僕のことどう思ってるか気になっただけだけどね。
「直感的な言葉でいいよ、それが素直な気持ちだから」
そうか?と言った後、ベイルは顎に手を当てて、うーんうーんと悩み、しばらくして納得したような顔をした。
「うん……そうだな。俺にとってもお前は友達だ。俺のことを大切だって言ってくれる、かけがえない友達だよ」
はうっ!?
照れ臭そうな顔で僕を見つめてそう言うベイルに心臓が飛び上がった。
可愛い、可愛いよベイル。
「えへへ、嬉しいけどなんだか照れくさいな」
「お前が言えって言ったんだからな」
「うん、聞けてよかった。ベイルの気持ち。すごく嬉しい」
そう言うと僕は我慢できなくなり、ベイルのベッドに潜り込む。
「なんかいつも一緒に寝てる気がするな」
困り顔のベイルを抱きしめると、彼はそっと僕の頭を撫でてくれた。
暖かくて優しい気持ち、ずっとベイルとこうしていたい。
微睡の中でそう思いながら、僕は眠りに落ちていった。
----------
雄馬が眠った後、ベイルは彼を撫でる手を止め、彼の背中に両手を回し、起こさないようにそっと抱きしめる。
ベイルは雄馬の匂いを嗅ぎ、その体の温もりを感じて、胸に込み上げてくる愛しさでため息をついた。
「雄馬、大切な俺の友達……」
そう呟きながら、ベイルは宝物を抱えるように、雄馬を抱きしめながら眠りにつくのだった。




