424回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 227:街へ行こう(4)
「さてと……」
カラオケ店を出ると、僕は決心を固めた。
「みんな、僕とベイルは用事があるからここで別れるね」
せっかくの休みの日なのに、みんなを僕の事情に付き合わせるのは気がひける。
それに知らない人間が何人も来たら、奴隷達が警戒するかもしれない。
「私も行こうか?」
伊織は心配そうな顔をして僕を見た。
「大丈夫、ベイルもいるし。伊織も楽しんできて」
「ほんとはあんたと楽しみたかったんだけどね……」
「え?」
「独り言。さあ行った行った、おっちゃん首長くして待ってるわよ!」
「せっかちだなぁ伊織は、それじゃ行ってくるね」
みんなに見送られながらだとなんだか勇気が湧いてくる、隣にはベイルもいてくれる。
胸を埋め尽くしていた冷たい恐怖は、いつの間にか溶けて消えていた。
「俺がいるんだ、胸張って行こうぜ」
「うん、もう怖くない」
僕らはスラムに向かって歩き始めた。
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街中を歩いていると、風景は同じなのに雰囲気が違う気がする。
僕の心境の変化のせいだろうか。
「奴隷連中がいないな……」
ベイルがそう呟く。
たしかに獣頭人やモンスターの姿を一人も見かけていない。
繁華街を出てスラムに続く街道を歩いていると、途中で教会の隷従騎士が数人で道を封鎖していた。
教会で頭にオブジェクトを埋め込まれ、思考を完全に支配された獣人、フルメイルの彼らの表情は見えない。
「この先は立ち入り禁止です」
「なにかあったんですか?」
「暴動が起きています、危険ですので一般市民は退去を願います」
僕は周囲を見回すと、ひとまず隷従騎士に従いその場を離れた。
「暴動か、こんなとこでも起きるんだな。どうする?」
「そりゃもちろん」
「行くに決まってるよな」
そう言ってベイルは僕にニッと笑った。
僕は道を横に外れ、巡回していた隷従騎士に見つからないよう障害物に身を隠しながら空き地を抜け、狭い建物の間を通り、突き当たりの建物の窓枠と出っ張りを足がかりにして屋上まで登り、通りを見下ろした。
「うわ、ひでぇなこりゃぁ」
僕の横から顔を覗かせたベイルが絶句する。
獣人達が建物を破壊し、金品を奪い、集団で隷従騎士に襲いかかりもみくちゃにしていた。
僕の視界に小太りの人間の男性が、獣人数人に襲われているのが見えた。
「助けないと……ッ!」
「おい、雄馬!」
ベイルに制止されたが僕は屋上から飛び降り、眼下の木の枝を蹴り折って落下速度を殺し、地面に転がりながら着地して、すぐさま走る。
「なんだぁ?」
僕の接近に気づいた獣人の一人に向かい、スライディングで近づき足を踏み、顎下に右肘を突き上げて昏倒させる。
「この人間野郎が!」
獣人の一人が釘が何本も刺さった角材を振り下ろす。
僕はその動きに合わせて左に体捌きし獣人の背後をとると、軽くしゃがみ背中で体当たりする鉄山靠を仕掛け吹き飛ばした。
残りは二人、一人がナイフを抜いて振るってきた。
ナイフの斬撃を交わしていると、背後から近づいてきた男が僕を羽交い締めにしようとした。
僕はナイフ男の腕を掴んで上にあげ、踏み込んで背中を相手の胸に滑り込ませ、体を起こして背後に投げ飛ばし後方の一人にぶつけると、震脚、重なり合った獣人二人の胸を目掛け崩拳を打ち込み吹っ飛ばした。
獣人達に襲われていた小太りのおじさんは、きょとんとした顔で僕を眺めていた。
「怪我はないですか?」
「あなたはもしかして雄馬さんですか?」
「そうですけど」
誰?というのが正直な感想だった。初対面のはずだ。
「これは失礼を。私はコッヘル、マレーの主人をしておりました」
獣人奴隷達の食堂になっていた、スラム酒場のバク獣頭人マレー。
彼の主人ということは、あの酒場を運営していたオーナーということか。
「マレーさんにはいつもお世話になってました」
「こちらこそ揉め事のたびに助けていただいたそうで、さすがお強いですね」
彼は今さっき襲われていた人とは思えない朗らかな笑顔を見せた。
人が良さそうでマレーから感じていた印象の通りの人だ。
「おっさんこの街になにがあったんだ?」
追いついてきたベイルがコッヘルにぶっきらぼうにそう言った。
「ベイル、そんな聞き方失礼だよ」
「ははは、いえいえ。私など大したものではありませんから」
にこやかにそう言うと、コッヘルは暗い表情をした。
「この街がこうなったのは奴隷解放運動が起因しています。私はその活動を推進するメンバーの一人でした」
コッヘルは僕らに事情を説明し始めた。
獣人達を霧の魔獣対策の捨て駒部隊に使うのをやめさせるため、 教授 と取引をした僕が教会に行ったあと、約束通り霧の魔獣対策部隊の話はなくなった。
その後市民を納得させるためのプロパガンダが行われ、獣頭人やモンスターと親交の深い有力者などから声が上がり、奴隷解放運動が行われた。
奴隷を所有する市民は非人道的と扱われるようになり、市民が奴隷を一斉に手放した結果、都市に溢れた元奴隷達は皆ホームレス状態となって、自分たちの人権を訴える暴動や略奪で生計を立てるようになった。
「こんなはずじゃなかった。私はただこの島に暮らす皆が幸せに暮らせたらいいと、そう願っていたんです。こうなってしまった今では、ただの言い訳にしかならない話ですが……」
僕らはコッヘルを隷従騎士の小隊に預け、暴動の中をスラムに向かい進んでいった。
「なぁ、雄馬。今更言うのもなんだけど、本当に行くのか?」
見る影もない荒れ果てた街道を歩きながら、ベイルは僕に尋ね、僕はそれにうなづいた。
スラムに入り、記憶を頼りに酒場に向かう。
辿り着いた先の光景に僕は言葉を失った。
「あぁ……、畜生ッ!こんなのってあるかよッ!!」
燃えさかる酒場を前に、ベイルの怒りの叫びが響き渡った。




