419回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 222:雪月花
目を開けると僕は霊廟の中にいた。
あたりを見回しても、混沌侵食で生み出された村の光景はどこにもない。
少し離れたところに、氷雨がこちらに背を向けて、膝立ちでキザに座っているのが見えた。
彼女の腕の中にはエレナが抱かれている。
なんか変だ、エレナの脱力の仕方が少しおかしい、あれじゃまるで。
「氷雨」
「目が覚めたんだね、よかった」
彼女の静かな声は寝ている子を起こさない様にというには、弔いに似ていた。
「エレナは?」
「見てごらん」
エレナは氷雨の腕の中で眠っているように見えた。
彼女の手首に触れ、死んでいるのを確認すると、言葉にできない痛みが胸に込み上げてきた。
左腕が微かに痛み、彼女はオブジェクトに深く繋がりすぎたのかもしれない。なぜかそう感じた。
「助けられなかった……」
「でも幸せそうな顔をしている。お母さんの腕の中で眠れたんだ。ゾンビの中で一人ぼっちになるよりは、これでよかったんだよ」
エレナを抱えて霊廟から出てくると、そこには僕らを待つ陽介の姿があった。
「無事だったか雄馬!」
「陽介も無事でよかった」
「おや、ボクの心配はしてくれないのかい?つれないな」
「お前は殺したって死なねぇだろ」
「ご挨拶だな、でも大目に見てあげるよ。それに生き延びた褒美に、君の事は街人Aと呼んであげようじゃないか」
「村人となんか違うかそれ?」
二人のやりとりに鈴の音が混ざって聞こえて、その音を辿ると、僕らから少し離れたところに、黒い甲冑を全身に纏った騎士が佇んでいた。
黒騎士が手にしたメイスの鈴が鳴っていたらしい。
「雄馬、どうかしたのか?ボーッとして」
「あそこに鎧を着た人が」
陽介と氷雨が黒騎士を見る、しかし陽介は首を傾げ、氷雨は顎に手を当てうーんと言った。
「誰もいないぜ?」
「見間違いじゃないのかい?」
どういうわけか二人には黒騎士の姿が見えていないようだ。
黒騎士が踵を返すと、その背後に狐の尻尾がついているのが見えた。
「あ……待って!」
黒騎士は森の闇の中へ歩き、鈴の音を残してさっていった。
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僕らは教会に戻り、木こりにエレナの亡骸を引き渡した。
水晶の髑髏は木こりが旅の商人から譲り受けたものだったらしい。
母親に会いたがって泣くのをやめない娘に、木こりは水晶の髑髏を与えて、村の人達に内緒で霊廟で母に会わせていた。
商人から日のある間に使う分には問題はないと言われ、それを守らせていたが、娘の様子が少しずつおかしくなり、ついに約束を破って日が暮れた後まで力を使い続け、今回の事件に至ったらしい。
木こりはエレナの亡骸を抱きながら憔悴した顔で事の次第を話すと、僕を見つめ、信じていたのに。と呟いて泣いた。
僕は居た堪れなくなり、帰還のタイムリミットまで見晴らしのいい崖の上に座って景色を眺めていた。
「いい場所を見つけたね」
氷雨はそう言って僕の隣に座ると、チーズ蒸しパンを半分こして差し出してきた。
「僕なんかに助けられるはずなかったんだ、なのに無理に手を出してこんな事に」
氷雨が膨れっ面をして僕を見た。
「君、意外と失礼なやつだな」
「どうして?」
「忘れたのかい、君はこのボクが認めた男だぜ?その君自身を否定するのは、君を認めたボクを否定するのと同じだろ」
「そうか、ごめん……」
「こんな状況なら無理もないけどね」
そう言って氷雨はチーズ蒸しパンを食べた。
「父親の彼に任せていたら、きっとこの村の全員が犠牲になっていただろう。災厄を防いでも何も変わらない日常が続くだけ、だからどれだけ多くの者が救われたか、みんな気付くこともない。むしろその過程で失われたなにかで君を恨むかもしれない」
氷雨は僕の肩に手を触れ、まっすぐな目をして僕を見た。
「でも忘れないで欲しいな、ボクは君を見届けた。君は自らの危険を顧みずに、この村の人達をちゃんと救ってみせた。君の勇気は尊いものだと、ボクはそう思うよ」
「氷雨……」
氷雨は僕の顎に手をあて、クイっと持ち上げる。
「憂いの表情が可憐な乙女みたいだ、可愛いよ」
「氷雨?」
「君は王子でお姫様、姫王子なんてどうだい」
「究極生命体爆誕だね」
僕はあまりにとっぴなことを言う氷雨に笑った。
「ようやく笑ってくれた、君には笑顔が一番似合うよ雄馬」
「ねぇ氷雨、君はどうして僕に興味を持ったの?」
氷雨はウッと呟き、困惑顔をした。
「それ、言わなきゃダメかい?」
「氷雨の事をよく知りたいから」
「そう言われちゃ断れないね」
氷雨は満更でもなさそうな顔をした。
「ボクが君にちょっかい出したのはね、寂しかったからさ」
「君が?」
「意外だろ?こう見えて寂しがりやなんだぜ」
そう言うと氷雨は、少し照れ臭そうな顔をして景色を眺める。
「いつも楽しそうな君たちの事がずっと気になってた」
彼女ははにかみながら僕を見た。
「ボクは君達と友達になりたかったんだ」
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「おい、雄馬。起きろよ」
「うーん……」
目覚めると僕は教会の転移の間にいた。
水銀が天井から幾筋も流れ落ち、無数の鏡でできた薔薇の咲き乱れる花園。
不思議な光の外は闇が広がり、その虚無がどこまでも無限に続いている様にも思える。
綺麗だけどあまり長居はしたくない場所だ。
祓魔師は使命を与えられると、ここから目的地へと転移する。
空中に舞っている鏡の薔薇の花びらが、闇に溶けるように少しずつ消滅して、それにあわせるように祓魔師たちが戻ってくるのが見えた。
「お前が混沌侵食に飛び込んだ時はどうなるかと思ったけど、みんな無事に戻れてよかったぜ」
「アバター化したプレイヤーは死なないんだ、何かあるとすれば彼だけだがね」
将冴は捨て台詞を吐くようにそう言って去っていった。
「ほんとに嫌味な奴だよなあいつ」
「ねぇ陽介、アバター化したプレイヤーが死なないって誰から聞いたの?」
「そう言われると心当たりはないけど、HPがなくなるまではバリアみたいなもんで守られるし、実際今まで誰も大怪我したって話すら聞かないから。みんな自然とそう言ってる感じだな」
そういうと陽介は僕にくしゃくしゃなハンカチを差し出した。
「え?」
「怪我したんだろ?顔のところ。血がついてるぜ」
頬を触ると傷もないのに冷たい血が手にこびりついた。
脳裏に一瞬、斧を振りかぶる男の歪んだ形相が浮かび、鈴の音と共に消えた。
鼓動と呼吸が速くなり、全身から汗が吹き出してくる。
「おい、どうしたんだよ、雄馬」
転移の間に拍手が鳴り響いた。
教授 が転移の間の入り口に立ち拍手している、彼は注目を集めると仰々しく両腕を広げて見せる。
「諸君、生存者の救出、敵の撃破、オブジェクトによる混沌侵食の解決、素晴らしい活躍でした。君達はCランクへと昇格です!おめでとう!!」
その言葉に、その場にいた全員がワッと声を上げた。
「聞いたかよ雄馬!Cランクだぜ!これで休みの日は街に遊びに行ける」
ブルーノに会える。嬉しいはずなのに、僕の心は焦りと不安と恐怖に支配されていた。
大切な何かを忘れている気がする。
「君達17人の活躍、これからも期待していますよ」
そう言うと 教授 は僕を見つめて、微笑んだ。




