406回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 210:氷雨(5)
「ただいまー」
「おう、おかえり雄馬」
夕飯を済ませ部屋に帰ってくると、ベイルが神妙な面持ちをしていた。
「なにかあったの?」
「妙な噂話を聞いたんだけどな」
そう言って彼は僕から目を逸らす、僕に関係することだろうか。
それなら僕は聞く義務がある。
「良かったら聞かせて」
「モンスターがある人間をこの島から連れ出そうとしてるって話でな。その男の特徴が、黒い山刀と、琥珀でできたダガーを持った男だっていうんだよ」
僕の渡された山刀と琥珀のダガー、偶然というには出来すぎている気がする。何か関係があるんだろうか。
「なぁ、お前いったい何者なんだ?」
ベイルは少し不安気な顔で僕に尋ねる。
「僕の知る限りでは、何者でもないよ」
頭の奥の方、見えない何かが疼くような違和感。僕はそれに気づかないふりをした。
ベイルの不安を取り除く方が、今の僕には大切に思えたから。
僕はベイルの腰に手を当て、彼の目を見る。
「強いて言うなら、ベイルの友達。それじゃだめかな」
ベイルに感じてる気持ちが伝わるように、僕は笑顔を見せた。
「お前がそれでいいなら、俺は構わねえよ」
ベイルはそう言うと顔を赤くして、尻尾を僕の腕に巻きつけてきた。
「ベイルお腹減ってない?」
「なんか急に腹減ってきた、へへへ」
ベイルの笑顔が柔らかくてかわいい。
気になる話を聞いてそちらに気を取られていたらしく、ホッとした様子の彼のお腹からグゥと音がした。
僕は机の上に菓子パンを山盛りに、瓶牛乳も数本隣に置いた。
「ジャーン、今日はパン祭りです」
「ほう、パン祭り」
「ここの購買凄いんだ、僕が前にいた世界の食べ物が売っててね?ベイルに食べてみて欲しくって」
「雄馬の故郷の味って奴か、それを俺に?」
ベイルの顔がにやけて、それを見つめる僕に気づいて、ベイルは急いで手で顔を覆った。
彼は指の隙間から僕を見る。
「お前がどうしてもって言うなら、付き合ってやらんでもないが」
ゴニョゴニョというベイルに吹き出しそうになるのを堪えながら、僕はぶりっ子して彼に頼む。
「お願い、ベイル付き合って」
「しゃーねぇなぁ」
そう言うと彼は赤らんだ顔で必死におすましし、尻尾をブルンブルンと振りながら、僕の隣に座った。
「これなんだ?他のと違って紙で包んであるな」
「お目が高い!それ最初に食べて欲しいんだ」
「わ、なんかあったけえぞこれ」
「作りたてだからね、これだけは購買になかったから、厨房借りて作ってみたんだ」
「雄馬の手料理か、食いもんになってんのかぁ?」
「まぁとにかく包みを開けてみてよ」
「おっ、こいつは」
ベイルが開けた包みの中には、こんがり狐色に揚がったカレーパンがあった。
立ち昇る香ばしいパンの香りに、ベイルの口から涎が落ちる。
「ふんっなんとか食えそうじゃんか」
ベイルは辛抱たまらんといった様子で舌なめずりをした。
「どうぞ召し上がれ」
僕の言葉と同時にベイルはカレーパンを口にした。ザフッという軽やかな音、一噛み咀嚼し、ベイルの耳がピンと立ち、目を見開いた。
「表面はサクッと、パンはもちふわで、中に入ったとろりとしたスパイシーな奴に、角切りの肉がゴロゴロ入ってて、こいつは食感のパレードじゃねえか!!」
もう一口食べ、噛みながらうーん!と味わうベイル。
「パンって油で揚げるとこんな風味になるのか」
「どう?」
「うんめえぞ!」
満面の笑みで食い気味に言うベイル。
結局は気取るのをやめちゃうあたり、やっぱり彼は根が素直なんだろう。
めちゃくちゃ喜んでくれるのが可愛くて仕方ない。
「そう言って貰えると嬉しいよ」
「どさくさに紛れて撫でんな」
我慢できずに彼の頭を撫で始めた僕を、ジト目で睨みながらも、彼の尻尾は勢いよく振られている。
カレーパンをもう一口食べると、ベイルは撫でられていることも気にならなくなった様子で味わっている。
「このソースがいいな、スパイシーでたまんねぇ……」
「カレーだよ」
「カレーかぁ、俺これ好きだなぁ」
「他にもいろいろあるんだ、食べて食べて」
そう言って僕はベイルにチーズ蒸しパンを手渡す。
体制はベイルが可愛くてもう抱きしめて、彼の体のもふもふに包まれながらのなでなでに移行していた。
「お、おう。でもこの状況すげえ食いづらいんだけど」
「ベイルが可愛いからいけないんだ、えいえい」
「なんじゃそりゃ、ほんとよくわかんねぇ奴だなお前」
そう言ってベイルは笑った。
翌日以降、僕が作るのを見ていたシェフによるカレーパンが店に並び、以降人気商品として連日大行列を作ることになるのだけど、その時の僕はまだ知るよしもなく、ベイルのもふもふを全身で堪能するのみであった。




