399回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 203:ぼくらの秘密基地(2)
「ここも変わらないわねー」
伊織はあたりを見回すと、感慨深そうに言った。
僕らは陽介がインベントリから出した熱々のお湯で紅茶をいれ、それを飲みながらクッキーを食べていた。
戦闘で疲れた体に甘みが染みる、木苺のジャムの良い香りと甘酸っぱさもアクセントになっていて、何枚でも食べられそうだ。
アリスは何故か僕の膝の上に座って、足をぶらぶらさせながらクッキーを食べていた。
僕が彼女を見ていると、アリスは僕の顔を見てニコッと子供らしく笑う。
うーむなかなかの魔性の魅力、末恐ろしいと思いながら、僕はアリスの頭を撫でる。
「幼児を膝の上に座らせてニヤニヤしてるお前、なんか不審者っぽさあるな」
「やかましいわ」
僕とアリスが同時に陽介に言った。
「へーへー仲のよろしい事で」
ふと視界に入ったギターが気になり、僕は尋ねてみることにした。
「陽介ギター弾けるの?」
「んにゃ?全然」
「じゃあこのギターって誰の?」
「俺はてっきり伊織かと思ってたけど」
僕と陽介は伊織を見るが、彼女はなにか神妙な面持ちで、なにも答えない。
「伊織?」
「え?ああ、昨日徹夜したから眠くて。私も知らないわよ」
伊織はなんだかぎこちない笑顔でそう言った。
アリスを見ると、彼女も首を横に振る。
「興味持つってことは、弾けたりするんじゃないの?」
しまった、そういう方向に転がされるか。
食い気味に、いかにもワクワクした様子の陽介を前にして、僕は観念した。
「少しだけ、古い曲しか弾けないけど」
「はい」
即座に陽介が僕にギターを差し出した。
「ちょっ、まだ弾くって言ってないよ」
「いやこの状況ならいくでしょ?」
そう言いながら、陽介はキラキラした目をこちらに向けた。
アリスが僕の膝の上から降りて、隣に座って僕を見る。いかにも弾くでしょ?という表情で。
助けを求めて伊織を見ると、彼女は「いいんじゃない?」と微笑む。
「やるしかないか」
そう呟き、僕はギターを手に、ピックで弦を鳴らして、軽くチューニングする。
最近まで使われていたのか、殆ど狂いはなかった。
部屋が僕の演奏待ちで静まり返っている。
カラオケ歌うのとはまた違った緊張感だなと、僕は目を強く瞑って気合を入れて開き、ギターの腹を三度指先で叩いて弾き始めた。
「おお、これ知ってる。イギリスのバンドだよな」
「父さんが好きで、小さい頃から聞いてたから」
誰もいない家の中で、父の残したレコードを聴きながら、寂しさを紛らわせるために、ギターを練習した日々が脳裏によぎる。
「雄馬、お歌も歌える?」
えぇ?と内心恥ずかしくて無理だと思ったが、アリスの期待のこもった眼差しに負け、僕は苦笑いすると、ギターに合わせて歌い始めた。
「意外な特技ね、けっこう上手じゃない」
伊織が感心したように言う。
みんなが聴き入ってくれるのが、だんだん嬉しくなってきた。
そういえば、誰かにギターを弾いて聞かせるなんて初めてだ。
曲が終わり、僕はみんなの顔を見る。
みんなが拍手してくれた。
「すっげえじゃん!俺なんかジーンときちゃったよ」
「ぐっど」
興奮している陽介に、ニヤリと笑うアリス。
伊織は、何故か僕を見つめながら涙を流していた。
僕が伊織を見ていると、陽介とアリスも彼を見た。
彼女ははっと我に帰ったように、涙を拭いた。
「ご、ごめん。あくびで涙出ちゃった」
「おいおいマジかよ、そう言えば伊織、前に音楽の好みはメタルって言ってたっけ」
陽介はそう言ってメロイックサインをしながら、腕をクロスし舌を出して見せた。
「もー私はそこまでコアにはまってるわけじゃないったら」
笑う伊織を見て陽介も笑顔になる、アリスが彼の事を好きな理由が少しわかった気がした。




