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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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394回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 198:初めてのお仕事(2)

「雄馬、昨日話した武器の件だけど」


「もしかしてもうできたの?」


「うん、今までに試作した奴ちょい弄ったりで作れたから」


「早いな、どんなの?」


 僕の食いつき具合に嬉しそうな顔をしながら、伊織はインベントリを使い、虚空から二本の黒いベルトを取り出して「ジャーンッ」と言った。


 伊織からベルトを手渡され観察すると、幅広で長さ的に足に巻くタイプである事と、ベルトに六本ずつ挿さっているナイフに気づいた。


「投げナイフか」


「雄馬はインベントリ使えないから、まずは手軽なのからね」


「2種類あるみたいだけど」


「片方の黒いのは刺さった場所から煙幕が出るよ、もう一本の白いのは……」


 伊織が説明しかけた時「せんぱーいっ!!」と黄色い叫び声と共に突っ込んできた人影に伊織が吹き飛ばされた。


「グエーッ」


「伊織ぃ!?」


「先輩は私のものだぁ!!」

 そう叫びながら伊織を突き飛ばした短髪の 読師(レクター) の女の子は、伊織の両足を掴んで振り回しながら走りだす。


「みきのぉおぉお!!ジャイアントスイングしながら私を運ぶのはヤメロォおお!!」


「あははっ先輩元気ですね!一緒にお話ししましょうね!!」


「雄馬!説明の続きは後でするからー!」


「グッドラック!」


 僕が遠ざかっていく伊織に親指を立てて見せると、伊織もこちらに親指を立てて見せ、両手を頭の後ろにつけ、回転に身を任せて去っていった。


 僕はベルトを両足につけると、白と黒のナイフを引き抜いて眺めた。


「白い方は刃が石でできてるのか……」

 二本のナイフを見比べピンときた。おそらくそういう組み合わせだ。


「なるほどね、伊織らしいや」

 ひとりごちると僕は講堂へ向かった。


-

--

---


「よう雄馬、早いじゃんか」


「おはよう」


 席に座って待っていると、陽介が僕に声をかけ左隣に座った。

 彼の後にアリスが、僕の右隣に座り、辺りをキョロキョロ見回した。


「伊織は?」


 アリスに尋ねられ僕は答える。


「ミキノって子に連れてかれてそのままだね」


「ミキノかぁ、今回の技は?」


 陽介が好奇心まんまんな表情で横槍を入れてきた。


「技はジャイアントスイングだったよ、いつもあんななの?」


「地獄車よりはマシかもなーあの時は酷かったぜ」


「陽介はモラルが欠けてる……」


 ゲラゲラ笑う陽介をアリスが不満そうな顔で見る。

 地獄車で車輪として回転する伊織を思い浮かべながら、あいつもいろいろ大変なんだな……。と心から思う僕だった。


「今日は午前が座学、午後が実習だってよ」


「よかった、正直ずっと座りっぱなしは苦手で」


「俺も!あー早く午後になんねーかな」


 などと雑談していると、今日の講師が入室してきた。

 その姿を見て僕は思わず「あっ」と口にした。

 

 アルヴだ。僕がここに入る手続きをしてくれた。

 たしかここでは教授と呼ばれていると言っていた、教鞭を取っている一人だったのか。


 アルヴは古ぼけた本を脇に抱え、教壇へ登った。

 彼の歩いた軌跡にそって、何か黒いシミのようなものが地面についている。


 アルヴが教卓の前に立ち、両手を教卓につくと同時に始業のチャイムがなる。

 教会のチャイムなだけにやけに荘厳で豪華だ。


「今日は皆さんに隣国の脅威の一端を見ていただきます」


 そう言って彼は本を片手で掲げて見せた。


「なんだ……あれ」


 本からドロドロと、黒い粘着質のある液体があふるているのが見えた。

 まるで人間の腐敗した死体から出る体液のような、得体の知れないそれにゾッとする。


「どうかしたか?ただの本じゃね?」


「え?」


 陽介は驚いている僕を怪訝そうに見ながら言った。

 僕だけにあの液体は見えているんだろうか?

 アルヴは動揺している僕を見て、静かに微笑んでいた。


「教授、普通の本にしか見えませんが。それのどこが脅威なのですか?」


 将冴がアルヴに尋ね、彼は本を教卓に置くと質問に答える。


「この本は、"ガルドルの石板"と呼ばれるオブジェクトで生み出された文字が使用されています。ガルドル文字は、一眼見ただけで誰でも理解でき、誰でも書けるようになる文字です」


「便利じゃん?」


「別の言語の国同士でガルドル文字を習得すれば、コミュニケーションも簡単になるね」


 問題は使ったらただじゃ済まないだろうということだ。


「ただしこれには大変大きな欠点がありまして、ガルドル文字を読んだり書いたものは、その頻度に応じて、じわじわと思考を侵蝕されていくんです」


 アルヴは自身の頭を指差し抉るように動かして見せた。

 講堂の中にいる全員がそんな彼の話に息をのんだ。


「侵蝕されるとどうなるの?」


 アリスが尋ね、僕らは返答に意識を集中した。


「ガルドルの石板の所持者と同じ思考になります、具体的には所持者が女王蟻、使用者が働き蟻の関係になるんですよ。群なす一個体になるんです、面白いでしょう?」


 アルヴは心から楽しそうに笑うが、この場で彼に賛同できる者はいなさそうだった。


 それでは、と間に入れ、アルヴは僕を見た。


「今日はこの本を、雄馬くんに読んでもらいたいと思います」


「はぁ!?今の話の流れでなんで雄馬に振るんだよ」


 そう思ったのは陽介だけではないらしく、講堂内がざわめきたった。

 アウェイかも知れないと心配してたのは気苦労だったようで安心した。


「雄馬、嫌だったら断って」


 アリスは僕にそう言ったが、僕は彼女に大丈夫だよと言いながら微笑んで見せた。

 

「わかりました」


 そう言って立ち上がる僕に、またも講堂内がざわつく。


「本当に大丈夫か?」


 陽介が心配そうにそう言いながら、席を立ち通路への道を開けてくれた。


「僕がおかしくなったら、頭叩いて元に戻して」


「俺がやらなくても真っ先に伊織がやると思うぜ」

 陽介は苦笑いした。


 本音を言えばあんな得体の知れない物を触るなんて嫌だ。

 まして読むなんて嫌に決まってる。

 だけど僕はやらなきゃならない、ブルーノ達を守るためにはアルヴの力が必要だからだ。


 通路を歩く僕を将冴が冷たい笑みをして見た。

 僕は気にせず教壇に向かい、アルヴの横に立った。


「ここで会えるのを楽しみにしていました」


 アルヴはみんなに聞こえない小さな声でそう言うと、僕に本を差し出した。

 黒い液体がページの間から滲み吹き出し、アルヴの手を汚していく。

 他のみんなのように、彼にもこれが見えてないんだろうか?


 僕は本を受け取る。


「うわ……」


 黒い液体が手にかかり、その生温かさと、感触の気持ち悪さに思わず声が出た。

 手に取ってみると、本の中から微かなうめき声のようなものが聞こえてきた。


「さぁ、どうぞ」


 アルヴに促され、僕は意を決して本を開いた。

 ネチネチッペリペリ……と音を立てて本が開く。


 中を見てみると、本の中に底なしの穴が開いているように見えた。

 穴の奥から無数の人の声が聞こえ、闇の無数の虚な目が漂っている。

 そのそれぞれに何かしらの人格があるように思えて、閉じ込められた人々の意識を見ているような、そんな感覚に寒気がした。


 急に声が止まり、虚な目が漂うのをやめた。


「なんだ……?」


 虚な目が一斉に僕を見た。気づかれた?

 無数の目や気配や声が、一斉に迫ってくる。


「うわっ」


 逃げようとしたが体が動かない、本から目を離すことすらできない。


 本から肉の塊のようなものが迫り出し、そこから這い出した何本もの腕が僕の顔に迫り指で眼球を抉ろうとした。


 パタンと教授が本を閉じ、一瞬で肉の塊と腕が消え、僕は腰を抜かして地面にへたりこんだ。


「とまぁこうなるわけです、彼には耐性があるのでこの程度で済みますが、通常は開いた瞬間に虜にされ、戻っては来られません」


 アルヴは講堂の 祓魔師(エクソシスト) を見回すと、念を押すように言葉を放つ。


「隣国ヘルズベルはガルドル文字を利用して統治を行っているわけです。あちらに赴いた際、うっかり文字を読んで洗脳されないよう気をつけてくださいね」


 アルヴは横目で僕をみると、体の向きを変え、手を差し出してきた。


「立てますか?」


 なんだかその手に触ると、悪魔に魂を捧げることになるんじゃないかと、何故かそう思えて僕は躊躇する。


 そこにさっと割り込むように、陽介とアリスがやってきて、僕の体を支えてくれた。


「無茶すんなよ雄馬」


「ありがとう……」


「こいつの面倒は俺らがみるんで」


「そうですか」

 そう言うとアルヴはなんだか残念そうに手を引っ込め、本を脇に抱えて講堂を後にした。


 その後僕らは他の講義を受け、昼食の後、実習を受けることになった。


「実習というか、これって」


 洞窟の中、周りを取り囲む無数のゴブリン達の中「実戦ですよね!?」と僕は叫んだ。

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