392回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 196:クロスヴァイン大聖堂(5)
その後僕らは講堂に入ってきた講師から授業を受けることになった。
この世界で生きていくために必要な知識や、戦うことになるモンスターの特性。
メルクリウスと諸外国との関係などなど。
祓魔師 の仕事は主に諸外国とのやり取りで発生する事態への対処らしい。
授業を受けていると、学生の頃に戻ったような気分になった。
三分の一くらいのプレイヤーは授業そっちのけでほかごとをしていたり、居眠りをしていたりしていた。
今のところ 祓魔師 は僕を含めて18人。
守門 読師 を含めるともっといることになる。
元いた世界からこちらに来ている人間がこんなにもいるなんて、少し驚きだった。
「あー、疲れたぁ」
部屋に戻ってきたのは、伊織とでてから九時間後だった。
体は動かしていないが、ずっと座って話を聞いているのも久々で疲れた。
「えっ?」
部屋に入った僕は、床の上に転がっていたある物を見て固まった。
「……ベイル?」
ベイルがうつ伏せで倒れていたのだ。
さながらサスペンスドラマの死体のように。
「うぅ……雄馬か?」
ベイルの返事を聞いて僕はほっと胸をなで下ろした。
うつ伏せのまま、声も力なくぐったりした様子だが生きているようだ。
彼に近づくと物凄い汗の匂いがした、それに全身泥だらけだ。
僕はベイルを仰向けに転がして、上半身を抱きかかえて起こした。
「大変だったね」
「つ……疲れた……」
まさに満身創痍といった様子で、ベイルは息も絶え絶えにそう言った。
さすがにこの状態のまま寝かせるわけにはいかない。
「お風呂はいろっか」
「俺、風呂入る元気なんてねぇよ……。それに奴隷は水と手ぬぐいで体拭けって言われてるし……」
「いいからいいから」
「あう~……」
ごねるベイルを引きずりながら、僕は浴室へと彼を運び、その服をひんむいた。
「当然のように脱がされてしまった……」
疲れ果てたベイルは抵抗する力もなく、僕のなすがままにされている。
僕は自分も服を脱ぐと、彼を風呂椅子に座らせ、湯船から汲んだお湯を彼の体にかけ、泥を落としていく。
「 祓魔師 の部屋それぞれにお風呂ついてるの豪華だよねぇ。お湯もどういう仕組みなのか掛け流しでいつでも入れるようになってるし」
「部屋も広いしな……泡立てすぎじゃね?」
ベイルは僕の両手の中でビーチボールサイズ大になった泡を見てそう言った。
僕はにっしっしと笑うと、それを彼の頭の上から思い切り被せた。
「うわぷっ!?」
「ほら、体こするからじっとして」
そぉれごしごーし!と僕が思いきり彼の体を泡まみれにしながらもみくちゃにすると、ベイルは「ひゃぁあぁ!?」と素っ頓狂な声を上げて体を身震いさせた。
体のマッサージもしながら、彼の体をもみほぐしていくと、だんだんベイルの体から力が抜けて、彼は僕の体にもたれかかるように脱力し、口を開けてはぁはぁと呼吸し始めた。
「お客さんお加減はいかがですか?」
「ん…気持ちいい…かも、あっそこ……」
ベイルは顔を紅潮させ、とても気持ちよさそうにしていた。
「それじゃお湯かけるね」
「おー……」
聞いてるのか聞いてないのかわからないような表情でベイルは答える。
僕が彼の全身にお湯をかけて泡を洗い流すと、ベイルは全身を犬のように震わせ、僕は雫を思い切り浴びた。
「うわっちょっとベイル」
少し冷たかったが、少し朗らかな表情になったベイルを見て僕は嬉しくなった。
彼を抱えて湯船に入れ、僕も湯船につかった。
入ろうと思えば10人くらいは入れそうな大きな浴槽、本当に贅沢だと思う。
「なぁ雄馬」
「なぁに?」
「なんで一緒に入ってんの?」
「一緒の方が楽しいし」
「湯船広いし、くっつかなくてもよくね?」
「この方がもっと楽しくない?」
僕はベイルの体をマッサージし始めた。
「あーすげえ気持ちいい、なんだこれ」
マッサージが始まると本当に気持ちいいと感じているらしく、ベイルはなにも苦言を呈さなくなった。気持ちよさには誰も逆らえないのだよベイル君、ふふふ。
「お前さぁ、もうちょっと偉そうにしててもいいんじゃねえの?」
「え?なんで?」
「なんでって……」
「こうした方が楽しいからしてるだけだよ」
僕を見つめるベイルに微笑みかけると、彼は少し驚いたような顔で顔を少し赤らめ目を背けた。
「お前がいいなら、別にいいけどよ……」
僕はベイルをぎゅっと抱きしめる。
「ベイル可愛い」
「可愛いって、言われても嬉しくねえし」
頭を掻きながらなんだか複雑そうな表情をしているベイル、しかしその尻尾は嬉しそうに横に振られていた。
「尻尾は正直なんだよなぁ」
「うっせー」
そういって彼は照れ隠しなのか自分の尻尾を握って尻の下に隠した。
風呂が終わり、僕はベイルは 祓魔師 用のふかふかのベッドで寝て貰い、僕は奴隷用の固いベッドで寝ることにした。
労働の大変さは彼の方がキツいみたいだから、これでちょうどいいだろう。
明かりの消えた暗い部屋の中、なんとなく寝返りをうちベイルの方を見ると、彼はじっと僕を見つめていた。
「気使いすぎなんだよお前……」
「僕の勝手に付き合わせてるんだもの」
僕の返答を聞くと、ベイルはベッドから降りて、僕の寝ているベッドに入り込んできた。
「ベイル?」
「ふかふかすぎて落ち着かねえ、こっちで寝させろ」
「えー狭いよぉ」
「文句言うな、こうすりゃいいだろ」
「わっ」
僕はベイルに抱きしめられ、少し驚いて声を出した。
「ベイル……いいの?」
「……なにが」
「ううん、なんでもない」
ベイルの体温が暖かい、鼓動の音を聞いていると少し落ち着く気がした。
こうしていると僕も緊張していたんだと気づかされる。
これは彼なりの僕に対する労りなのかもしれない。
「ベイルと一緒に来れてよかったよ」
「……そうかよ、ふわぁ。おりゃもう眠いんだ……寝させろ……」
僕からもベイルを抱きしめ、感触匂い鼓動を確かめながらまどろむ。
「おやすみベイル」
返事の代わりに彼の静かな寝息が聞こえた、本当に疲れてたんだろう。
僕は彼に感謝の気持ちを抱きながら、眠りについた。




