390回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 194:クロスヴァイン大聖堂(3)
「起きろよ雄馬、朝だぞ」
「ん、おはようベイル」
「おう」
翌朝、ベイルの顔を見て僕はホッとした。
もう怒ってないみたいだ。
支給された 祓魔師 の制服を身に纏う。
鏡に映った自分の姿、今までの白鎧ではない青鎧を着た自分がそこにいた。
アバター化はできないままだけど、祓魔師 になったんだと、実感する。
ベイルが水桶を使い顔を洗う音がする。僕は彼の背中を見つめた。
昨日はふざけすぎちゃった、謝らないと。
ベイルは布巾で顔を拭いだした。
「ふいー」
彼は気持ちよさそうな顔をした、話しかけるなら今かもしれない。
「あのさ」
同じ言葉を僕らは同時に互いに向けて発した。
「あっと……まいったな」
ベイルは頭をかいた。
「ベイルからでいいよ」
「そうか?それじゃ」
そう言うと彼は僕を見つめ、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「昨日は悪かったな、俺どうかしてたわ……」
そう言うとベイルは様子を伺うように、ちらりとこちらを見る。僕は彼に笑いかける。
「僕がふざけすぎたのが原因だもん、気にしないで」
僕の言葉を聞いてホッとした様子のベイルを見ていたら、なんだか楽しくなって僕はくすくすと笑った。
「なんで笑うんだよ」
「話そうとしてたことまで同じだったからつい」
「お前もかよ。……あんときはなんだか妙な気分で、少し混乱してたんだ」
そう言いながらベイルは額に手を当て頭を横に振り、困惑顔をした。
「正直言うと僕も」
僕がそう言うとベイルは意外だったという表情で僕を見て、お互いの顔を見ながら、僕らは笑った。
「意外と気が会うのかもな、俺たち」
「うん」
そう答えながら、彼がそう思ってくれたのが嬉しくて、胸が少し暖かくなるのを感じた。
扉をノックする音が聞こえて、僕は「はーい!」と返事をした。
ギシギシと音をさせながら、ホラーのようにゆっくり扉が開かれ、隙間から……。
「あっ伊織」
伊織がなぜか下の方から、部屋の様子を伺いながら慎重に入ってきた。
「なにやってんだ?」
ベイルが首を傾げながら尋ねる。
「昨日あんなとこみたら少しは慎重になるわよ」
そんなもんかな?と僕が思っていると、彼女に続いてラングレンが部屋に入ってきた。
彼の姿を見てベイルが僕の後ろに隠れる。
「大丈夫だよ、ここの雑用させられたりするだけだから」
僕らの様子を見て伊織が苦笑いしながらそう言った。
伊織は元はここで働いていた、だから彼女もルームメイトと同様の経験をしたんだろう。
僕らの状況はお見通しというわけだ。
「雄馬、俺行くよ」
ベイルはそう言うと、僕の肩に触れてラングレンの元に行こうとした。
「ベイル、ちょっと待って」
僕は彼を引き留め、首輪の金具に指を触れて意識を集中。
鍵穴の奥が微かに光ったのを確認すると、ベイルの耳元に顔を寄せた。
「命の危険を感じたらすぐに逃げて」
鍵穴の光が弾けた。
主従契約上の命令だ。この方法で出された主人の命令に、奴隷は逆らうことができない。
こうしておけばベイルが逃げた時責任を負うのは僕だけで済む。
「サンキューな」
そう言った彼にうなづき、彼の肩に触れ、僕はラングレンと部屋を出て行くベイルを見送った。
「あんたは私についてきて」
「わかった」
僕は伊織と一緒に部屋を出て、教会の中を歩き始めた。
こうして歩いて回ると余計にこの教会の大きさに驚かされる。
屋根のない中庭だけでも様々な建物が立ち並び、建物というよりは街をすっぽり内包した要塞都市と形容した方がいいくらいだった。
この広大な空間が、聖王の持つバクルスの混沌侵食により生み出されているとしたら、その力は一体どんな規模で働くものなんだろう。
それはともかくとして。
「反省よ、反省あるのみだわ……」
なにやら鬼気迫る雰囲気でぶつぶつ言いながら歩く伊織に、僕は恐る恐る話しかけてみることにした。
「伊織さん?なにかありました?」
「いきなり現れてあんたを驚かすつもりだったのに、逆にあんたに驚かされるなんて、自分の未熟さに猛省中なの……」
「それってどういう反省なんだろう」
「あんたあの子とそういう仲なの?」
「うわいきなりきた。いや違うって、ふざけてただけだから。そういう仲とかじゃないよ」
「へぇ、あの子の顔はそんな感じじゃなかったけどねぇ」
「またそういう意地悪な笑顔して」
「からかいがいのあるあんたが悪いんですよーっだ」
そう言いながら伊織は僕にデコピンした。
「あいたっ……そういえばなんで伊織がここに?助祭の依頼は?」
「ああーあれ?あれってあんたがここで目的果たしたらいらなくなるじゃない?そう考えたら作るの馬鹿馬鹿しくなって、ブッチしちゃった」
エヘヘーっと笑う伊織を前に僕は頭を押さえた。
「怖いもの知らずだなぁ」
「それともう一つ、私がきた理由。これは雄馬の気づいてない盲点が原因ね」
「盲点?なにかあったっけ」
ちっちっちっと言いながら伊織は立てた人差し指を左右に振って見せた。
「祓魔師 の武器は何を使うと思う?」
「ゲームプレイ準拠だと、鍛治職 の作ったクラフト武器が一番強力だよね」
「クラフト武器のスキルの発動の大前提は?」
「アバター化しないと発動しない……あっ」
「武器スキルのない山刀だけでアバター化できないあんたがまともに戦えると思う?」
「ローゼンクロイツみたいな武器があれば助かる、もしかして僕のサポートのために来てくれたの?」
「とーぜんでしょ。友達だもん」
あれだけ嫌がっていた場所に、僕のために来てくれたなんて。僕は感激していた。
「伊織!我が心の友よッ!!」
「言い回しが古臭いわよぅ」
そう言って伊織は笑いながら、彼女の背丈の二倍はある扉の前で僕を見た。
「ついた、ここが 祓魔師 の講堂だよ」
僕は扉に歩み出て手をつける。
心の準備はいい?そう言った伊織にうなづくと、僕は力を込め、扉を開いた。




