387回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 191:テンペスト、聖王領メルクリウス(21)
お別れ会の後、酒場のみんなも見送りについてきてくれると言うので、僕らはみんなで教会に続く大橋の前までやってきた。
約束の夕刻までまだ少し早かったからか、迎えの馬車はまだ来ていないようだった。
「大きな橋だなぁ」
1キロくらいの長さで、幅も車が五台同時に走れそうなくらいに広い。
石畳の橋でこんなに長い橋を僕は見たことがない。
「馬車が来るまで待つしかないな」
そう言ってブルーノは僕を抱き寄せる。
彼も僕と離れるのを名残惜しく思ってくれているのだろうか。
熱いくらいの彼の体温が、今日はいつもよりも心地よく感じる。
このまま馬車が来なければ、みんなと一緒にいられるのに。そんな事を思ってしまう。
みんなを守るために行くんだぞ、僕は自分に何度も言い聞かせていた。
「馬車なんて待たなくてもよぉ、こんな橋普通に渡っちまえばいいんじゃねえの?」
「おい!やめろっ!!」
橋に向かって歩き出したベイルを、ブルーノは血相を変えて止めに走る。
間に合わず、ベイルが橋に足を踏み入れた瞬間。
「うぎゃあぁあ!?」
ベイルは見えない壁に吹き飛ばされ、ブルーノが抱き止めた。
「ベイル大丈夫?」
「うぅー頭がクラクラするぅ」
「無茶をするな、この橋は屍竜の守りがあるんだ」
ブルーノはベイルを立たせながらそう言った。
「屍竜?」
「この島の守り神でな、魔女を守るために使った力なんだそうだ」
「それがなぜこんなとこに?」
「橋の中に埋めてあるんだとよ、魔女の亡骸の一部が」
「ヒェッ」
ベイルは小さく悲鳴をあげ、僕の後ろに隠れた。
「ばばば、馬鹿野郎ッ。そういう事は早く言えよッ」
ガタガタ震えながら威勢を張るベイルが可愛くて、僕は思わず彼の頭を撫でた。
「ベイルは怖いの苦手?」
「うるせーっ子供扱いすんなってんだ」
そんな僕らのやりとりを見てへっへっと笑うと、ブルーノは説明を続けた。
「そんなわけで、同じく魔女の一部が埋め込まれた馬車しか、この橋は通れないんだ」
「そんな馬車に乗んのかよぉ、おっおっか……」
僕がニコニコしながら見つめる視線に気づいたベイルは、怯え切っていた顔をキリッとさせて鼻を鳴らした。
「おっかなくなんてねぇ!」
「うんうん、ベイルは勇敢だからね」
「からかわれてる気がするぜ?」
むくれっつらをしたベイルに「そんな事ないってば」と声をかけていると、ポプラが僕らのところにやってきた。
「ポプラ、来てくれたんだ」
「もちろんですよ」
そう言いながら、ポプラは辺りを見回すと意外そうな表情をした。
「伊織さんはいらっしゃらないんですね」
「武器作り頼まれて修羅場だから、見送り行けそうにないって昨日言われたよ」
「彼女らしいですね」
もし僕がダメだった時のために、伊織もローゼンクロイツの大量受注を引き受けたに違いない。
あの武器があれば霧の魔獣との戦いは格段に有利になる。
教会に行って落ち着いたら、使い方をブルーノに手紙で送らなきゃ。
「あの、雄馬くん」
「どうかした?」
ポプラは何かいいたげに悩んでいる様子で、目を伏せ胸に手を当て、深呼吸すると上目遣いに僕を見た。
「私……」
「おーい、馬車が来たゾォ!」
ポプラの話を聞こうとしたら馬車の到着を酒場のメンバーの一人が叫んだ。
馬車には御者がおらず、無人のそれを馬が引いてくるという奇妙な様態でやってきた。
馬も頭が白骨化していて、どう見ても普通の馬ではない。
馬車についた飾りのような目がギョロリと動き、僕とベイルの姿を確認した。
ベイルが僕にしがみつき震え始め、僕は彼の背中を撫でながら馬車を警戒する。
馬車の扉が一人でに開かれ、僕らを招いているようだった。
「こいつが教会へ向かう馬車だぜ」
ブルーノがそう言った。彼はズロイと何度も乗っている、彼がいうのなら確かだろう。
ブルーノはベイルの肩に手を置き、話しかける。
「あいつに何かあった時、動けるのはお前だけだ」
その言葉にベイルはピクリと反応した。
「ゆう坊のこと頼んだぞ」
「……おう」
ベイルは神妙な面持ちをして、僕はそんな彼に微笑む。
「それじゃ行こうか」
「ああ」
僕ら二人が乗り込むと、扉が一人でに閉じた。
中は貴族が乗れるような豪華な作りで、床に赤い絨毯、椅子も柔らかな敷物が敷かれていた。
ゴトンッという振動の後に、馬車が動き始めた。
窓から外を見るとゆっくりと馬車は橋の上に入り、教会に向かい進んでいく。
「雄馬くん!!」
ポプラが僕を呼ぶ声に、馬車の後部の窓を開くと、彼女が橋のすれすれまで駆け寄り、振りかぶって何かを僕に投げた。
それはなぜか屍竜の守りの影響を受けず僕の元まで飛び、僕はそれを受け取った。
ポプラが投げたのは腰につけるタイプのポーチだ、中にはいくつかの袋と、琥珀でできたダガーが入っていた。
「ポプラ、これって一体?」
「お守りです」
「ありがとう!大切にするよ!!」
僕のその言葉にポプラは複雑そうな表情で笑顔を返した。
「今それ通ってたよな?」
「あっダメだよベイル」
僕が制止する間も無く、ベイルは窓か外に手を出し、「ぎにゃあぁあ!?」と叫びながらそれを弾かれた。
「いでぇ!手が凄えいでぇ!」
「もーベイルったら」
だってよぉと泣きそうな彼を見てつい僕は吹き出してしまった。
「あばよー!」
僕らを見送る獣頭人やモンスター達が口々にそう叫んだ。
「嫌になったら逃げてこいよ!」
「俺らが匿ってやるからな」
「こんな時にダメだった時の話しないでよぉ」
僕の言葉にみんなが笑う。
全部解決していつか必ずみんなのところに帰りたい、そのために全力を尽くそう。
「みんなー!また会おうね!!」
そう言うとみんなはまたなーと口々に言いながら手を振る。
ブルーノがポプラにハンカチを借りて涙を拭くと、笑顔で僕を見た。
「待ってるぞ!ゆう坊!!」
そう叫んだブルーノに涙を見せないように僕は笑って、手を振って見せた。
みんなの姿が見えなくなると、僕は椅子に深く腰を下ろし、目を閉じて深呼吸した。
「いよいよだな」
ベイルが僕に声をかける。
「うん、ここからが頑張りどころだ」
僕はそう答え、目を開き、近づいてくる教会の姿を見据えた。




