386回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 190:テンペスト、聖王領メルクリウス(20)
翌日の早朝。
僕は庭でトレーニングをすることにした。
「ポプラ、お願い」
「いきますよー」
ポプラが割れた皿の欠片を一つ投げる。
僕は山刀を斬り降ろし、砕く。
次は二つ、上段斬りから横薙ぎに振り砕いた。
ポプラが小さく微笑み、五つ欠片を投げた。
同時に五つ、でも距離の違いがある。
突きで一つ、そこから袈裟斬りで二つ目。一歩踏み込み跳ね上げて三つ目。
次の欠片は二つ同時だ。
右に振り抜き四つ目、山刀を手の中で回転させ逆手に持ち、左に振りながら体を翻し剣先で五つ目を砕く。
刃が空を裂く音が朝の静寂に響き、風が吹き始める。
「お見事です」
ポプラが拍手をしてくれた。
この山刀を初めて持ったとき、手が柄に吸い付くようにしっくりきた。
ワリスと戦ったときのあの感覚、それに今の動きだって、初めてやってみたのに体の筋肉や筋の使い方が自然とでてきた。
僕の様子をじっとポプラが見つめていた。
いつもの僕を見るのとはなにか違う目のような気がした。
静かな微笑みなのに、どこか寂しげなそれは。罪悪感のような。ポプラが、僕に?
「次いきますよー」
「うわっそんなに!?」
ポプラは手にしていた陶片を一斉に放り投げた。
転んで尻餅をついた僕を見て、ポプラは楽しそうに笑う。
「ひどいよポプラぁ」
そんな彼女を見て僕も笑った。
今日で三日目、住み慣れたこの家、この街、そしてポプラともお別れだ。
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「巡回は危ないからついてこなくてもいいよ?」
「なにいってんだ、お前に何かあったら意味ねえだろ」
守者 として、この街での最後の巡回。
ベイルがどうしても一緒にやると言って聞かず、僕は困っていた。
「見てなぁ、大活躍するぜ!?俺に任せとけってんだ!」
ベイルの張り切り具合が空回りしていて僕は苦笑した。
本人がやる気なのに水を差すのも可哀想かもしれない。
別行動でトラブルに巻き込まれるといけないし、僕はベイルと一緒に回ることにした。
今日が最後だから、街並みを見ながらいつもよりゆっくり歩く。
短い間だったけれど、それでも思い入れある街並みを見て、僕は感傷に浸っていた。
人通りが多くなると、ベイルが僕の背中に隠れてビクビクし始めた。
まだ襲われたのがトラウマらしい、殺されかけたんだものね。
僕の左腕にしがみついているベイルの頭を撫でる。
彼は小声で子供扱いすんなと呟き、顔を赤くしむくれっつらをした。
でも気持ちは満更でもないらしく、尻尾がゆったりと振られていた。
いつもの巡回の最後に、僕は獣頭人の酒場へ向かった。ブルーノやみんなにお別れしたかったからだ。
「あれ?」
酒場に入ると誰もいなかった。
食事時の今時分には獣頭人やモンスターでごった返しているはずなのに。
「今日お休みなのかな……」
店の照明まで消えて、薄暗い廃墟のようになっている酒場の中を歩き、いつも僕が座る椅子に座った。
隣にはいつもブルーノが座る椅子がある。
「会いたかったな……ブルーノ」
そう呟きながら、彼の椅子に触れると、突然明かりがついて、僕は顔を上げた。
「「「サプラーイズ!」」」
みんながそう叫んで物陰から飛び出してきた。
「へっへへー驚いてる驚いてる」
キョトンとしていた僕を見て、獣頭人の一人が満足げにそう言った。
みんな満面の笑みを浮かべている。
ドスンと音をさせて隣にブルーノが座り、カウンターからひょっこりマレーが顔を出した。
ベイルは驚いて白目を剥き泡を吹きながらひっくり返っている。
「俺たちなりのお前へのお別れ会を開くことにしたんだ」
「とっておきの隠し芸みせてやんよ!」
「楽しんでいってくれよな」
口々に獣頭人やモンスター達が僕に声をかけ、ブルーノは僕の頭を撫で、優しく微笑んだ。
みんなが思い思いに出し物を披露してくれて、その後木の実や、鳥の干し肉、拾った小銭など、彼らにとって貴重なはずの物をたくさん貰った。
みんなの気持ちに胸が暖かくなる。
僕をこんなに受け入れてくれていたんだと、そう実感させてくれる事が嬉しかった。
最後にブルーノから、木彫りのブルーノ像を貰った。
「これって」
「むっやっぱり自分の像贈るのって変か?」
ブルーノは巨体をもじもじさせ、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
頭から湯気も上がっている。
木彫り像は拳大のサイズで、妙にクオリティが高く、何故かワイルドなポーズのブルーノが鮭を咥えた姿が彫られていた。
「可愛いしすごく嬉しい。ありがとうブルーノ」
「おっ?そうか?へへへ……頑張った甲斐があったな」
彼は照れくさそうに自分の頭を撫でながら、デレっとした表情をした。
木彫り像も可愛いが、今のブルーノも最高に可愛くて、思わず抱きしめたくなった。
「これを見れば俺の事忘れないでいてくれるよな?」
ブルーノのその言葉に、耐えきれず僕はブルーノを抱きしめる。
「忘れるわけないよ、ブルーノもみんなの事も」
僕は酒場のみんなの姿を見て、心を込めて言葉を口にした。
「みんな、ありがとう!」
みんなの温かい拍手が酒場に響く。
僕は涙を拭いながら、今日のことをずっと忘れないでいようと心に誓った。




