385回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 189:テンペスト、聖王領メルクリウス(19)
翌日僕らは奴隷契約を結ぶために、役場へと向かった。
家を出てからなんだか様子がおかしいと思っていたが、役場に近づくにつれてベイルの震えがどんどん酷くなってきていた。
「ベイル大丈夫?」
「だっだだだだだっだ大丈夫に、決まってんだらぁ?」
「声うわずってるよ」
ベイルは尻尾を股の間に巻き込み震えながら、僕に強がってみせる。そんな彼に僕は苦笑いをした。
「それじゃ入るよ」
「おうっ」
役場に入ると、周囲の人達がベイルを奇異な目で見ていた。
首輪をしていないモンスターは、奴隷契約の為に役場に連れてこられる場合、手かせと足に鎖につけるのが一般的らしい。
そちら関係の常識に疎かった僕は、周囲の人達の連れているモンスターや獣頭人の状態を見て初めて知った。
伊織達がそれを僕に言わなかったのは、恐らく言われても僕がベイルにそういう事をするのは避けるだろうと知っていたからかもしれない。
受付で手続きしている間も怪訝そうな目で見られこそすれ、それでとがめられるようなことはなかった。
手続きを済ませ、待合室で待ってる間、警備員さんが槍を持って明らかに僕らの回りを厳重に包囲した。
その状況のためかベイルがカタカタ震えている。
ベイルの手を握ると、彼はじっと僕の顔を見てくる。
「なんだ、お前も緊張してんのか?」
「ちょっとね」
「仕方ねぇなぁ」
そう言ってベイルが僕の手に手を乗せて握りしめてくる。
少し嬉しそうに尻尾を振り、彼の表情が和らいだように見える。
体も寄せて僕を頼っているようで、なんだかそんな彼がちょっと可愛いと思った。
伊織は奴隷契約には裏技みたいなものがあって、契約破棄の方法があるって言ってたし、どっかのタイミングで彼を逃がそうと思っているけど、友達として付き合いは続けて行きたいなとも少し思う。
役場の職員さんに案内され、隔離室に入った。
首輪に使われている 混沌構成物 は爪の先ほどの小さな欠片ではあるが、もしもの時の混沌浸食による空間汚染の影響を封じ込めるために、奴隷契約の際は隔離室で儀式を行うことになっているらしい。
僕は首輪を取り出し、鍵穴のついた金具に意識を集中する。
頭の中で誰かの小さな声が、奴隷との契約を望むか、と訪ね、僕は「望む」と口にする。
それに呼応したように、鍵穴の奥が小さく光を灯した。
僕はベイルを見て、彼の最後の意思確認をする。
「契約するよ、いい?」
「やってくれ」
ベイルの返答に頷き、僕は彼に首輪を手渡す。
彼は自分の手で首に首輪をつけ、金具にベルトの先端を通し目を閉じた。
彼も「受け入れる」と口にし、鍵穴がひとりでに回転し、カチリと止まり。穴の奥の光が弾けた。
「おめでとうございます、契約完了です」
部屋の隅で僕らの様子を見ていた職員さんがそう言うと僕に書類へのサインを求めた。
役場をでてベイルを見ると、彼は自分の首輪に触れながら俯いていた。
「苦しい?」
「いや……」
ベイルは足を止める。
「俺、お前に信用されてるんだよな」
彼は小さな声で、僕を上目遣いに見つめてそう言った。
「この状況で信用しないなんてありえないよ」
「そっか……」
そう言って、ベイルは少し複雑そうな表情をした。
これからの事が不安なんだろうか。
僕はあたりを見回す。
「屋台でなにか買って帰ろうか、好きな物なんでも言って」
その言葉を聞いてベイルは勢いよく顔を上げて、目を見開いて僕を見た。
「ほ、ほんとか?この間のホットドックもいいのか?」
ベイルはよだれを垂らしながら大声でそう言った、尻尾も勢いよく振られている。
凄い反応の良さに僕は思わず笑う。
「気に入った?あれ僕も好きなんだ」
ベイルはあたりをくんくんと嗅いで、凄く良い笑顔をする。
「あの店の食い物美味そうな匂いだ。あっあの店のも気になるぞ!」
中腰になりハッハッハッと息を切らし、今にも走り出しそうな様子であちこち指さすベイル。
そんな彼が子供みたいで面白かった。
「ははは、ポプラが晩ご飯用意してると思うからほどほどにね」
ベイルの様子が可愛くて僕も彼に言われるまま何でも買ってしまいそうだ。
気をつけなきゃなと思いながら、僕らは屋台に向かって歩き出した。




