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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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384回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 188:テンペスト、聖王領メルクリウス(18)

 僕がアルヴから与えられた期間は三日、それまでに奴隷契約をし、ギルドに登録をしにいかなければならない。


 ポプラにはやめておいた方がいいと言われたが、僕は奴隷農場に行くことにした。


 メルクリウスには奴隷用の獣頭人を安定供給するため、獣頭人を交配させる農場がある。

 農場で人間ベースの半獣人が産まれる事もあるが、半獣人は3歳ほどになると児童福祉施設に預けられ、人間と同じように育てられることになっている。


 農場以外では、隣国ヘルズベルとの紛争で奴隷化された獣頭人が連れて来られるため、獣頭人の出自は皆ヘルズベルに行き着く。


 農場には農場用の奴隷契約の首輪をされた獣頭人が、牛や馬のように繋がれて管理されていた。皆何もかも諦めたような光のない目をしている。


 農場に併設された奴隷市場には、様々な種類の獣頭人達が口枷や拘束で体の自由を奪われた状態で陳列され、売られていた。


 皆死んだ目をしていたが、近くを通ると彼らの人間への憎悪の籠った視線を感じた。


 奴隷商人は奴隷契約の首輪に使われているオブジェクトで、契約した主人には絶対に逆らえないから平気だと言われるが、毎日一緒にいるのを考えると辛くて無理だ。


 結局いたたまれなくなり、僕はその場を後にした。

 彼らの事もなんとかできないか、そればかり考えてしまう。

 僕のそうした考えも傲慢なのかもしれないけれど……。

 

 僕は気持ちを見つめ直すために、奴隷達の集まる酒場へと向かった。


 獣頭人やモンスターの奴隷達は食事をスラムの酒場で食べることになっている。

 食事のランクは持ち主が酒場に依頼したランクに従ったものが出るが、大体は最低ランクの麦がゆと水だ。

 今日も食事のためにたくさんの奴隷達で酒場がごった返していた。


「おっゆう坊!来たな。ブルーノのやつならまだだぜ」


 酒場のマスターをしているアリクイ獣頭人のマレーがにこやかに僕を迎えてくれた。

 彼もこの酒場のオーナーの奴隷ではあるが、良心的な主人であるらしく、彼からは鬱屈したものをあまり感じない。

 そんな彼の人柄に救われている奴隷も多いのか、この酒場においては少なくとも食事中はみんな和気藹々としている。


「ユーマ!ユーマヤマギーリッ!!」


 スイングドアを開け、僕の名を呼びながらズロイが酒場に入ってきた。


「聞いたぞう?奴隷を探しているんだって?」


 彼はわざとその場にいる奴隷達全員に聞こえるように、大声でそう言って、僕の肩をバンバンと叩いた。


「ケダモノどもとの仲良しごっこを卒業する気になったのかねぇ?いやいやそれは結構結構」


 僕は唇を噛み、彼の言葉に耐える。

 奴隷を探しているのは嘘ではない、事実なのだから反論の余地はない。


「なんなら私が斡旋してもいいぞ?そうだ、君は彼の事を気に入っているんだったな?」


 そう言ってズロイは傍にいたブルーノの背中を叩く。

 ブルーノは無言で俯いていた。


「彼はなかなか上物だから少し値は張るが、なぁに 祓魔師(エクソシスト) の稼ぎなら、大したことのない金額だははは!」

「ズロイ様、仕事に支障が出るんで、それくらいにしといていただきたいんですがねぇ」


 調子に乗っているズロイに、マレーが口を挟んだ。


「おっと怒られてしまった、将来ある若者の成長が嬉しくてねぇ。ブルーノ、ここで食事をとっていきなさい」

「畏まりました旦那様」

「よろしい、では私は先に屋敷に戻っているぞ」


 勝ち誇ったように笑いながらズロイが出ていく。

 酒場の様子を見ると、みんなが僕から目を逸らした。


「はぁ……」


 仕方ないとはいえ、やっぱりショック。

 ポン、とブルーノが僕の方に手を置いた。


「すまねえ、ゆう坊……」

「ブルーノは悪くないよ、それにブルーノと一緒に暮らせるの悪くないなって少し思っちゃったし」

「こいつめっ」


 ブルーノは丸太のような腕で僕の肩を抱くと、ゆさゆさと力強く揺さぶってきた。

 その顔がなんだか嬉しそうで、僕は少しホッとした。


「ブルーノに嫌われたらどうしようかと思った」

「ゆう坊が俺たちの事を大切に思ってくれてるのは知ってんだ、それにこいつにも話聞いてたしな」


 こいつ?と思いブルーノを見ると、彼の影から「やほっ」とひょっこり伊織が現れる。


「いたの?」

「いたよ!おっちゃんがデカすぎて隠れちゃってただけだよ!」

「いてて、足を蹴るな足を。俺が何したってんだ」


 いつもの空気に僕は思わず笑い、そんな僕を見て二人も笑顔になる。


「ここに来たのは未契約の連中に会いに来たのかい?」

 マレーに尋ねられ僕はうなづく。


 ブルーノは渋い顔をしながら口を開く。

「保護目的で契約するなら少しは罪悪感薄いかもしれねぇが、ここに捨てられた連中は奴隷市場の連中ては比較にならないレベルで狂犬揃いだからな」


「狂犬で悪かったなぁ」

 どこかで聞いた声がしてそちらを見ると、ベイルが入り口に立っていた。


「ベイル!動いて大丈夫なの?」

「人間なんかと一緒にすんな、モンスターはタフなんだよ」


 ベイルの言葉にその場にいた獣人たちが笑い出す。

「威勢だけは一丁前だな」

「この間のザマここにいる全員見てるんだぞ」


「うるせーうるせー!クソどもがッ」

 からかわれたことに腹を立てつつ、肩を怒らせながらベイルがこちらにきた。


「言い返せる元気があるなら大丈夫だな」

ブルーノが笑いながら言うと、ベイルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、カウンターの前に座った。


「あー……あのよ、人間」

「どうかした?」

 ベイルはなんだか言いづらそうな、恥ずかしそうな顔をすると、横目で僕を見た。


「世話になったな」


 ベイルが、僕にお礼を!?


「なんだよその顔、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんぞ」

「まさかベイルからお礼言われるなんて思わなくて」


「はぁ?」

ベイルは全身の毛を逆立て、顔を真っ赤にした。


「礼なんかじゃねーし……、最低限のれーぎってやつだし」

 ベイルは耳を倒し、上目遣いでこちらを見ながら、なんだかものすごく恥ずかしそうに、ごにょごにょと反論した。

 尻尾をぷりぷりと振っているのがなんだか可愛い。


「……あんちゃん、契約できる相手探してんだろ?」

「うん?」

 奴隷契約のことだろうか。


「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、昨日あんたらが話してるの聞こえた」

「そっか……」

「俺がなってやってもいいぜ、それ」

「えっ!?」


 ベイルは僕の方を向き、膝に両手の拳を置き、なにやらあらたまった格好で僕を見た。


「俺達ハイエナ族は、受けた恩を必ず返すのが誇りなんだ」


 それで仇である人間に助けられたって聞いて動揺してたのか。


「仲間はみんな死んじまったし、俺も今はこんな有様だけど、一族の誇りだけは守りてェ。だから恩を返させてくれ」


「僕は人間だし、君は奴隷になるんだよ?」


「お前には二度も命を助けられちまったし、怪我の手当までして貰った。あんちゃんが助かるなら俺はそれで構わねえ」


 ベイルは僕をまっすぐ真剣な目で見つめている。


「こう言ってるし、ここはありがたくお願いしていいんじゃない?」


「伊織……」


「このまま主人がいないままじゃ、こいつもいつくたばってもおかしかないからなぁ」


 ブルーノがからかい半分でそう言ってベイルの頭に手を乗せる。

 ベイルは「余計なお世話だっ」と言いながらその手を払い除けた。


 僕は込み上げてきた涙が抑えきれず、泣いた。


「お、おい。なんだよぉ、泣くなよ。俺が悪いことしたみたいじゃねえか」


 ベイルがオロオロとしながら、僕の肩を励ますように触れる。


「ごめんね、ベイル」

「だから謝るなって、気まずいだろ」


 そう言う彼の優しい表情が嬉しくて、余計に涙が止まらなくなってしまった。


「なんか俺にできることあるか?なぁ」

「……胸貸して」

「へっ?まぁいいけど」


 彼の魅惑の胸の毛皮に顔を押し付ける。

 ふかふかでもふもふ、おひさまの匂い。たまらず僕は頬擦りした。


「ひゃっ!?顔動かすな!くすぐった、やっやめっ、そこは敏感……ひゃあんっ!!」


 みんなが僕らの様子を見て笑っている。

 酒場は温かな空気に包まれていた。

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