381回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 185:テンペスト、聖王領メルクリウス(15)
「巡回はこれで終わりっと、今日はなにもなくてよかった」
「おーい雄馬!」
「伊織、どうかした?ラウもいるんだね」
先日助けたリスの獣頭人の少年ラウと伊織がやってきた。
ラウの格好は今日はどこかの貴族みたいな豪華な服装をしていた。
「この子があんたの事探してたのよ」
「雄馬お兄ちゃんあのね、婆様がぼくを助けてくれたお礼に渡してって」
はい。と言ってラウは僕に巾着袋を差し出した。
それを受け取り、中身を見ると美味しそうなクッキーが沢山入っていた。
「ありがとう、じゃあこれはおだちんね」
そう言うと僕はラウに数枚クッキーを手渡す。
ラウを助けると、彼の主人の家族がいつもこうしてお礼のお菓子を作ってくれる。
身寄りのなかったラウを、助祭であるズロイが奴隷として引き取り、足の悪い彼の母がラウの事を可愛がってあげているらしい。
ズロイはラウを奴隷としか見ておらず、まだ子供の彼を容赦なくこき使うので、トラブルに巻き込まれていることが多く心配だ。
「婆様に喜んでたって言っておいて」
「うん!それじゃ」
ラウはクッキーを頬張りながら広場に向かって走っていく。
広場にはズロイやその他の助祭達が、着飾らせた獣頭人の子供を連れて演説の準備をしていた。
街中から人が集まり、見物客がごった返してくる。
ズロイが先頭に立ち仰々しく群衆にお辞儀すると、彼は演説を始めた。
「皆様、お集まりいただき誠に恐縮の至りにございます」
群衆のざわめきが止まる。
「本日はお願いがあります。獣頭人達に愛を、どうか皆様の御理解の元、我々と平等に暮らす権利をお与えください」
「お前が言うか」
「伊織……」
小声で悪態をつく伊織、そう言いたくなる気持ちはわからなくはない。
信条を伴わない、筋の通らない言葉は、凡ゆる事態を悪い方向にしか運ばないからだ。
「彼らは我々に貴重な労働力を提供してくれている、大切な存在なのです!」
人々はズロイの発言に対し、口々に立派な考えだと言う。
労働力として奴隷狩りをし売り捌きながら、自身がそれをしたことによる差別や偏見の発生は、社会活動を行う体裁で評価に繋げるのが彼らのやり方だ。
馬鹿みたいな話ではあるが、見せかけだけの立場、上部だけの言葉に人々は容易く動かされてしまう。
悲劇が起きないようにする行いも、苦しみから救う事も、おそらくここにいる誰の意識の中にはない。
ただ日常的に感じている後ろめたさに対する、即効性の高い免罪符を求めているだけなのだ。
自らの利益さえ確保されれば、他者がどう犠牲になろうが構わないという意識を、それに対する自己弁護を相互補正して、煮詰めていく歪な集まり。
それがわかっているからこそ、この場にいるラッピングされた獣頭人の子供達の目には希望の光も、言葉に対する楽観の安堵すらない。
気分が悪くてその場を後にしようとすると、伊織に腕を掴まれ止められた。
「今日のは最後まで聞いたほうがいいよ」
「どうして?」
「いいから」
なんだか伊織の様子が変だった。
何かを警戒しているかのように、ズロイを注視している。
「皆様には昨日の痛ましい事件についても話さなければなりません」
「来た」
伊織が呟く。
「魔獣による事件が多発しています、我々は皆さんの生活を守るべく、日々あらゆる手段を模索してきました。しかし、結果として昨日のような事件が起きた」
ズロイが場の空気の誘導を始め、僕もこの後彼が何をしようとしているか理解し、まさかと呟いた。
「私は、いえ我々は!もうこんな生活には耐えられない!そうでしょう?皆様!」
そうだそうだ!と人々が口々に叫び始める。
おそらく発端は助祭達が仕込んだサクラによるものだ。しかし空気は支配された。
群衆の恐怖と不安を基盤にした異様な興奮、彼が場を鼓舞している、その理由はおそらく。
「我々は獣頭人、そしてモンスターによる霧の魔獣対策部隊の編成を決定致しました!」
「なっ!?」
「思ったより動きが早かったわね……」
伊織が悔しそうに呟く。
ズロイの演説は続き、群衆の思考は上書きと定着が完了する。もうこの街に獣頭人の命を捨て石に使った防衛機構の設立に対する異論者はいない。
そうなるよう綿密に計画されたプロパガンダが目の前で完遂されてしまった。
「本当はまだ悩んでたんだけど、しのごの言っていられないか」
そう言いながら伊織は僕に折り畳んだ紙を手渡した。
「これは?」
「雄馬が 祓魔師 になるための片道切符」
僕は紙を開き中を見た、そこにはこの近くの高級レストランの名前と、座る席の場所が書かれていた。
「もう話は通してある。今からその紙に書いてある場所に行って、かいてある通りの席に座って待っていて。彼が来るから」
「彼って?」
「人前じゃ名前出しちゃいけない人」
そう言って伊織は僕の両腕を掴んで体を回転させ、僕の背中に額を押し当て、呟いた。
「あんたには救えた命を見過ごす後悔なんてして欲しくないのよ」
「伊織?」
「ほら行って」
トンと伊織に押し出され、僕は振り返り伊織を見る。人混みに飲まれ消えていく、僕を見送る伊織の顔が何故か寂しげに見えた。
僕は彼女から受け取った紙を握りしめ、行くべき方角を向く。
託された想いを無駄にしないために、僕は進み始めた。




