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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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378回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 182:テンペスト、聖王領メルクリウス(12)

 テンペストは空に浮かんでいる島だ。

 奴隷商人が奴隷狩りをして連れてくるモンスターや、権力者の知人が社交界に招かれて来る事はある。だけどそれ以外に外から島にやってくる人はいない。

 

 それにこの島にもう一つあるヘルズベルとは敵対関係にあるから、あちらからこちらに来る人もいない。つまりメルクリウスによそからのお客なんて来ない。


「そのはずなんだけど」


 狐耳の女性は鼻歌交じりに、物珍しそうにあちこち見ながら歩いている。


「もっと辛気臭くてつまんない街だと思ったけど、意外と普通ねー」


「完全に観光客って感じだよね……」

 仕事で来たって話だけど、彼女は一体どこから来たんだろう?

 そう思い僕が彼女を見ていると、狐耳の女性はこちらに振り返り、僕に向かってつかつかと歩いてきた。どんどん近づいてくる、体と体がくっつきそうなほど接近した。


「えっなに?」

 僕が目を泳がせドギマギしていると、彼女は僕の背後を指さした。

 そちらの方向を見ると、そこには新鮮なフルーツを搾って作るジュースの屋台があった。

 

「買ってくる、ちょっとまってて!」

「あ、はい……」

 キスでもされるんじゃないかとびっくりした……。


 彼女はジュースを二つ持って戻ってくると、片方を僕に差し出した。


「はい、道案内のお礼」

「ありがとう」


 ジュースを受け取り、僕らは再び歩き始めた。

 ジュースを一口飲む。口の中に甘くて爽やかな酸味が広がる。

 このあたりは繁華街に近く、いつも出店がでているのだけれど、そのどれもが美味しい。


 僕はストローをすすりながら、上目遣いに狐耳の女性を見て訪ねる。


「あのー、どうかしました?」


 さっきから彼女が僕の顔をしげしげといろんな角度から眺めてきていたのだ。


「君の顔どっかで見たのよね、どこだったかな……」

守門ポーター の仕事でパトロールしてるし、通りすがりに見かけたんじゃ?」

「それはないない、私今日初めてこの街に来たから」


 今日、初めて?


「それってどういう……おっと」


 人が増えてきた、もうこのあたりは繁華街。彼女の目的地だ。


「うーんいいね、賑やかでみんな楽しそう」


 狐耳の女性は両手を広げくるくると回りながらそう言った。


「君もいい人だし、いい街だね」


 彼女は嬉しそうなのになんだろう、すごく嫌な予感がする。

 彼女は何者なんだろう?そんな僕の気持ちが顔に出ていたのか、狐耳の女性は怪しく笑った。


「私こういうところめちゃくちゃにするの好きなんだ」

「え?」

「幸せには対価が必要なのよ、だから徴収する。楽しい人をみんな不幸にするの」


 彼女はあたりの人々を見つめながら目を細めた。


「幸せを壊された人が見せる感情ってとっても甘酸っぱくて美味しいの、さっきのジュースみたいに」

 そう言って彼女は僕を見た。


「警戒したね、いい表情してる」

 彼女は上半身をこちらに倒し上目遣いに僕の顔を見ると笑顔を見せる。


「そうだ、その顔で思い出した」

 山桐雄馬。彼女が僕の名を口にした瞬間背筋に寒いものが走った。


「僕を知ってる……君は何者なんだ?」


「私が誰かなんてすぐにどうでも良くなるよ、ほら」


 突然街の地面が膨れ上がり、爆発した。

 地面に開いた大穴から次々に霧の魔獣が這い出し、通行人を捕まえ壁に投げつけ赤いシミにしていく。

 通行人達の驚きと恐怖の叫びが響く。


「山桐雄馬、これアンタのせいだからね?」

 狐耳の女性は先ほどまでの人の良さそうな顔からは信じられないような冷たい笑みで僕に言った。


「いつまでも煮え切らない態度をとってるから、あの人が怒ったんだ」


 僕は山刀を抜き、彼女の動向を探る。


「武器を抜いたね、私を殺す?」

 彼女はそれを望んでいたかのように構えをとる。


「いいね、復讐しなよ、じゃなきゃやられっぱなしだ!」

 狐耳の女性の後ろで爆発が起こり、彼女は爆煙に腕を突き入れ巨大な鎌を取り出し不意打ちを仕掛けてきた。


「ぐッ!!」

 鎌の刃に沿わせ山刀でうけながす、体が勝手に反応した。


「あっはァ、今のしのげちゃうんだ?」


 それじゃぁ。そう言って彼女は鎌を振りかぶる。


「これはどう?」

 そう言いながら彼女が鎌を振り下ろした瞬間、鎌の三つの太刀筋が同時に襲いかかって来た。


 僕は斬撃の交差点を見極め、そこを一刀で斬り伏せ彼女を吹き飛ばす。

 対人戦は初めてのはずなのに、体が戦い方を知ってるみたいに動く。


 彼女は体を翻し瞬時に体勢を整え、鎌に左手を添えながら袈裟斬りに振り降ろし、引いた。

 首筋に寒気が走り即座に体が反応する、僕は山刀で鎌を逸らしながら身体を傾けた。

 背後から迫っていた鎌の先端が僕の首の皮を切り通り過ぎた。


 途切れず逆袈裟、横薙ぎと続く攻撃を、逸らし、身体を傾け、翻して交わす。

 側から見ればきっと二人で踊っているように見えただろう、だけど楽しそうな彼女と違い僕は必死だ。


「あはは、すごいすごい。背中に目があるみたい」

 彼女は楽しそうだ、ステップを踏み踊るように攻撃を繰り出す。

「セナがご執心なわけね、楽しくなってきちゃった」


 彼女はバックステップして距離を離すと、顎に指を当て、うーんと呟きながら何かを考えるように空を仰ぎ、こちらを見る。


「ちょっとだけ本気になっちゃおうかな?」


 彼女の構えが変わった、気配の質の変化を肌で感じる。

 次の一撃は殺しに来る。


「腕の一本や二本斬り落としちゃっても我慢できるよね?男の子だもん」


 狐耳の女性が鎌を大きく振りかぶり、振り下ろした瞬間それが一瞬で伸びて僕の肩に迫っていた。


「させない!」


 僕は体勢を動かし斬撃の軌道を肩鎧の上で滑らせ、バックステップで交わす。

 さっきのはたぶん鎌が伸びたんじゃない、僕の想定が確かなら次の一呼吸で来る。


 彼女の次の斬撃が即座に僕の脇腹に迫る。

 回避でこちらに発生した隙をついた一撃、誘いに乗ってきた。


 僕はローゼンクロイツを左手で引き抜き、刃の側面に右腕を押し付け、盾代わりにして斬撃を凌ぐ。

 攻撃が重い、それにこの速さ。さっきの振り上げは攻撃の速度を遅く認識させ、対応速度を誤らせるための心理的フェイント。


「時間差攻撃……ッ」

「見抜かれちゃった、大抵これで刈り取れるのに」


 嬉しそうにそう言いながら、彼女は即座に次撃を放った。

 鎌の先端が左後方から迫る、地面を蹴り空中で回転しながら、山刀で鎌の刃を滑り、その勢いを使い斬り返す。


「やるぅ」


 彼女は口笛を吹いて僕の攻撃を交わす。

 でも本命は次の一撃だ、僕は着地と同時に再び地面を蹴り、距離を詰めながら体の回転を加速させローゼンクロイツで斬りつける。ガキンッと音をさせ鎌で受け止められるが、すかさず柄頭を押し赤い霧を彼女に浴びせた。


 彼女は後ろに飛び距離を離すが、赤い霧の残滓につられて霧の魔獣が襲いかかる。

 彼女は三日月のような笑みを口元に浮かべ、霧の魔獣を両断した。


「やってくれるじゃない、高くつくわよ」


 霧の魔獣が通行人に攻撃を加えようとしているのが見え、僕はローゼンクロイツでその一体を斬り伏せる。しかし、隙だらけになった僕の背中に、狐耳の女性の斬撃が迫った。


「ワリスちゃん!」

 その言葉に反応した彼女がよそ見をした。僕はその隙に地面を転がり攻撃を交わし、声のした方を見た。そこにはポプラの姿があった。


「ポプラ!速く逃げて!」

 僕は思わず叫ぶと、狐耳の女性に山刀を構え直す。

 ワリスと呼ばれた女性はポプラを見つめながら、背後から迫った霧の魔獣二体を視線もやらずに始末し、彼女は少し不思議そうな顔をしながら呟いた。


「ああ、そう、あんたそうだったわね」


 ワリスは迫りくる霧の魔獣の一撃を高く飛んだバク宙で交わし、そのまま振り上げた鎌で魔獣の腕を切り落としながら、旗をつけたポールの頂点に着地した。


「よりによってこの子と、こんな所で。何食わぬ顔でよろしくやってるってわけ?あははッ」


 高笑いしているワリスを尻目に、僕はローゼンクロイツの柄を回転させ構えた。

 僕を見下ろしワリスは鎌を構え直す。


 僕がローゼンクロイツを振りおろすと、剣から放たれた十数本の杭が左右等間隔に飛び、地面に突き刺さると同時に赤い霧を放ち、霧の魔獣の動きを赤い霧の壁で封鎖、僕は霧の魔獣に向けて走り出した。


 今は彼女の相手よりも霧の魔獣から通行人を守るのが優先だ。

 彼女が攻撃してくるのは僕だけ、少なくとも他の 守門ポーター が来るまでしのぎきってみせる。


「なぁんだつまんない。良い子ちゃんはあくまで化け物退治優先ってわけ?」

 霧の魔獣相手に奮戦する僕を見下ろし、しゃがみ込むと、彼女はつまらなさそうに頬を膨らませた。

 

 鎌の柄をポールの先に置き、彼女は気怠げに柄に絡みポールダンスのように踊りながら僕とポプラを見下ろした。


「用は済んだからかーえろっと」


 そう言ってワリスは鎌を空中で何度か回転させ、背中に密着させると、肩越しに僕を振り返る。


「ねぇ君」


 彼女は僕に話しかける、僕は霧の魔獣の対処に追われ応える暇がない。次から次へと穴から湧いてくる。


「私よりその子の方がずっと悪い子だよ、気をつけてね?」


 僕と一緒に歩いていたときの、優しい声のトーンで彼女はそう言うと、くすくす笑いながら闇の中へと消えていった。


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