377回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 181:テンペスト、聖王領メルクリウス(11)
雄馬から逃げ切ったベイルは、川ほどの規模の用水路に飛び降りると、トンネル状の奥の方に入っていく。
人目につかないかどうか周囲を確認し、咥えていたホットドッグを食べる。
食物が腹を満たしていく幸福感の中、不思議とベイルの脳裏に雄馬の笑顔がいくつかよぎった。
「あいつ、いい奴だったな……」
無意識に呟き、そんな自分に驚き首を横に何度も振る。
「ないないない、人間だぞ?」
刺すような痛みを感じ、横腹を抑えて彼はうずくまった。
「イテて……、一息ついたら傷が」
痛みがおさまるまでじっとしていると、いろんなことが彼の頭によぎってきた。
彼を一方的に痛ぶった人間達の姿。
ベイルを助け、彼の言葉で泣かされ、なのに空腹で倒れていた彼に食べ物を渡し、それを食べる様子を見て満足そうに微笑んでいた雄馬。
ベイルは口元についたケチャップを舐めとり「美味かった……」と呟いた。
「ようベイル、無事だったか」
用水路の奥の方から、ハイエナ獣人達が近づいてきて、ベイルは顔を明るくした。
「みんな!みんなも無事でよかった」
「悪いな、いつも囮になってもらっちまって」
「へへへ、俺これくらいしか役に立てないからさ」
ベイルはまだ傷の痛む体で無理に立ち上がり、痛みを堪えて平気なフリをした。
「俺にやって欲しいことがあったら、なんでも言ってくれよな!」
生き延びてしまった負い目と、部隊長の息子であることの責任感が、ベイルにある種の強迫観念を植え付けていた。
ここにいるみんなを自分が守る、その為にならあらゆる犠牲を惜しんではならない。
そうでもなければ出来損ないの自分は、仲間から追放されてしまうかもしれない。
彼はその考えをどうしても払拭できなかった。
ハイエナ獣人の一人はベイルの両肩を強く握りしめる。
「その言葉を待ってた、お前にしか頼めないことがある」
他のハイエナ獣人もそれに続いた。
「これは一族の誇りに関わる事だ、しくじるなよ」
ハイエナ族にとって誇りは一族の絆そのものだ、ベイルは幼い頃からそう教わってきた。
父に従ってきた古強者達が自分を頼ってくれている、その事が誇らしく、彼は胸を張っていつもの様にこたえる。
「任せとけっ!」
たとえ身内であっても、状況においては警戒しなければならない。その事をベイルはまだ知らなかった。




