373回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 177:テンペスト、聖王領メルクリウス(7)
「なにやってんの、こんな所で」
家に帰る途中、教会が目に入り佇んでいた僕に伊織が声をかけてきた。
「ブルーノ達の為に出来ることがないかなって思って」
僕がそう言うと、伊織は目を背け、教会を見た。
「たしかに 祓魔師 になれば、あのおっさんをねじ伏せられる程度の権限は与えられる。だけど私……あそこにいる連中嫌いなのよね」
理由はなんとなくわかる。彼女があそこでどういう扱いを受けて、どうして彼女がここにいるかということも。
非戦闘職はゲームの中ではともかく、この世界においてあまり良い扱いをうけていない。
読師 のプレイヤーとしてのスキルは、プレイヤーの補助の為に存在している。
つまり戦闘職のプレイヤーがいなければ、この世界の人には使えない道具を作る存在でしかない。
「君の作ったあの武器すごかった」
僕は伊織に渡された霧の剣の事を思い出す。アバター化できない僕でも使える道具を彼女は作り、それに助けられた事を。
「 守門 に霧の魔獣の対処をさせてるのは、あくまでアバター発現のきっかけの研修みたいなものだって知ってた?」
「うん、教会側の判断でいつ住民に対処させるって事になるかわからない」
「その時にかり出されるのは獣頭人やモンスターの奴隷達……、それなら特別な力がなくても確実に仕留められる武器が必要になるかなって」
「優しいんだね伊織は」
「あんたに付き合ってたら情が移っちゃった、良い迷惑よねー」
「はは……ごめん」
「あんたといると退屈しないわ」
これは彼女なりの遠回しな意思表示だ、行かないで欲しい、彼女はそう言いたいのだろう。
「あそこに行きたい?」
伊織は真剣な眼差しで僕を見るとそう訪ねた。
「……うん」
「祓魔師 になれば簡単には教会から出られくなる、ブルーノのおっちゃんにも会えないんだよ?」
僕らは夜が迫り、燃えるような赤色に染まっていく教会を見つめた。
「あの教会ってさ、聞いた話のオブジェクトと似てるよね」
声色がいつもと違う、初めて聞く喋り方で彼女は話し続ける。
「混沌構成物 とそれを中核とした混沌浸食そして境界。
教会と霧と隔絶された立地。後ろめたいものを隠す為に利用してるみたいよね。
あそこに隔離された祓魔師、連中が何をやらされてるか知ってるのは教会の連中だけなんだよ。
雄馬はそんなのの仲間に入りたい?誰かに利用されるだけ、それでもいくの?」
迷いがないわけじゃない、正直少し怖い。
今の生活だって本当は少し気楽で好きだ、ブルーノ達にだって好きなときに会えたらいい。
伊織とポプラとみんなと別れて一人であそこに行くのはどうしようもなく怖い。だけど。
「僕にできる事は、それくらいしかないから」
伊織は僕の目を見つめながら返事を聞くと、天を仰ぎ、手すりに腕を乗せ顎を乗っけながら教会を見た。
「馬鹿ねあんた、自分の都合だけ考えておいた方が楽に生きていけるのに」
ため息をつくようにそう言うと、一呼吸置いてなにか方法を考えないとねーと呟いた。
「手伝ってくれるの?」
「ほっとけないもん、私もブルーノのおっちゃんの事言えないかも」
そう言って伊織は僕を見つめて笑う。
「でも教会に入るには、あの条件をクリアしないといけない。忘れてないよね」
教会に出入りするには人間側の立場であるという証拠が必要になる。
獣頭人、ないしモンスターの奴隷を一人所有すること。
奴隷を所有する際に様々な登録と契約を行うため、この街では奴隷を所有している人間の信用度は高くなる。
それがこの社会形式になるように意図されたものなのかどうか、それは今考える事ではない。
奴隷の立場のブルーノ達の為に動くには、奴隷を所有しなければいけないという二律背反。
それは恐らく獣頭人達の社会的な立場を固定する一助になってしまっている項目でもあった。
僕が教会に入れない理由、それはアバター化出来ない事が理由じゃない。
奴隷を持つことがどうしてもできなかったからだ。
「まったく奴隷が通行証なんて良い趣味してるわ」
伊織は僕の顔を見て悟ったように、少し困った顔をしてそう言った。




