372回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 176:テンペスト、聖王領メルクリウス(6)
「山桐雄馬!」
豪華な服に身を包んだ小太りの中年が、肩を怒らせやってきた。助祭のズロイだ。
「来るのが遅い!遅すぎる!!貴様一人の身勝手のために大勢の市民が迷惑を被ったのだ!!」
そう言うとズロイは手にした布に砂を詰めた棍棒で僕の二の腕を殴った。
「ちょっなにやってんのおっさん!つうかどこ隠れてたのあんた」
見かねて伊織が声を出した。
「隠れてなどいない!市民の避難に務めていたまで」
「私がやるまでみんな逃げ遅れてましたけど?」
伊織は露骨にあきれ顔だった。図星を突かれズロイの顔はどんどん赤くなる。
「守門 もみんな逃げ出してたし、あんたまとめ役として無能すぎない?」
「うるさい!生意気な小娘が!!」
反射的にズロイが棍棒を振り上げた瞬間、大きな人影が僕らの側に現れた。
「酒を受け取ってきました」
ブルーノは酒樽を軽々と肩に担ぎながら、ズロイにそう言った。
ズロイははじめきょとんとしていたが、意地の悪い笑顔を浮かべブルーノの方を見る。
「遅い!遅すぎるぞ!!今から罰を与える、しゃがめ」
「罰?ブルーノはお使いしてきただけじゃ」
彼のブルーノに対する物言いが引っかかり僕は口を出す。
ズロイは僕の言葉を無視し、ブルーノはズロイの言うとおり酒樽を地面に置くと、膝をついてしゃがみ込んだ。
ズロイは棍棒を振りかぶると、ブルーノの顔を殴り始めた。
「いいかっ!私の言うことを聞かない者はみんなこうだ!!」
彼は僕らへの見せしめだと言わんばかりに叫びながら、こうだ!こうだ!とブルーノの顔を殴打し、ブルーノの目を殴り、鼻を殴った。
「やめてください!」
僕は思わずブルーノとズロイの間に割って入り、振り下ろされた棍棒を片腕で受け止めた。
ズロイは呼吸を荒げ、歯茎をむき出しにしながら僕を睨み付ける。
「なんのつもりだ下っ端、邪魔をする気か!」
「……ゆう坊やめろ、お前まで不利な立場になるぞ」
ブルーノは僕にだけ聞こえるように小さな声で言った。
振り返り彼の顔を見ると、目を腫らし鼻血を垂らしていた。
僕は彼のその様子に胸が痛み、唇を噛む。
「友達が酷いことされてるのに見過ごせないよ」
「ゆう坊、お前って奴は……」
「おいおっさん、あんたのお仲間が来てるみたいだけど、こんな有様見せていいわけ?」
伊織がそう言うと、ズロイは周囲を見回し、馬車が三台入ってくるのを見て表情を変えた。
怒りで歪んだ醜悪な顔から、いかにも感じの良い良識者の顔へ。
僕は器用すぎる彼の顔芸に顔をしかめる。
ズロイは馬車から降りてきた数人の商人に両手を広げ、やぁやぁよく来てくれたと近づいていった。
ブルーノも酒樽を肩に担ぎ、ズロイの後に続く。
ありがとなゆう坊。そう小さく僕に声をかけ、ズロイにトボトボとついて行く彼を見て、僕は彼になにもしてあげられない自分が辛くなった。
馬車の中には獣頭人やモンスターが暗い顔をして、すし詰め上体になっていた。
全員首にブルーノと同じように奴隷の首輪をしている。
ズロイは街の区長のような立場と共に、奴隷商人の元締めも行っている男だ。
「ったくいけすかないおっさんだわ……」
「庇ってくれてありがとう伊織」
「あんたもちょっとは言い返す事覚えなさい、場合によっては剣より口のが強い時だってあるんだから」
まったく手のかかる弟ね、みたいな様子で腰に手をあてて伊織は言った。
伊織のアグレッシブなところ頼りになるけど、いつかそれが裏目に出そうで危なっかしいと少し思う。
僕の足りないところを彼女が補ってくれるように、僕も彼女になにかあったときは助けられるようにしようと思った。
いつかブルーノの事も……、そう思いながら、僕は馬車に乗り込み遠ざかっていくブルーノを見つめていた。




