369回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 173:テンペスト、聖王領メルクリウス(3)
「う……うーん」
「あっ目を覚ました、大丈夫?」
酒場のテーブルに寝かされていたハイエナ獣人の男は、寝ぼけた目で僕を見ると素っ頓狂な声を上げた。
「ひっヒィッ!人間だぁ!!」
ハイエナ獣人は慌てて逃げようとテーブルと一緒に盛大に転んで落ち、頭をしたたかに打ち付けた。
「いつつ……痛ぇ、ハッ人間っ」
涙目で頭を抑えたかと思ったら、ハイエナ獣人は四つ足で器用に酒場の隅まで走り、体を丸めて震えだした。
「人間は嫌だ人間は嫌だ人間は嫌だ人間は嫌だ……」
繰り返し呟いてる彼に困ったなと僕が頭を掻いていると、巨漢の牛獣人ブルーノが僕に話しかけてきた。
「あいつちょっと前からテンペストに連れてこられたんだけどな、異常に人間を嫌がるもんだから買い手がつかなくて、ここに捨てられたのよ」
「……そういう事情だったんだ」
奴隷として商品にならず、この区域に捨てられる。
この区域には獣の頭をした人間やモンスターの死体は珍しくない。
つまり殺処分に近い扱いを彼はされたらしい。
「たしか名前はベイルっつったかな。奴隷狩りに発見されたときも餓死寸前だったとかで、ちょっと不安定みてえなんだ」
そう言ってブルーノは悪く思わないでやってくれよ?と言いたげに僕の目を見る。僕は彼に微笑んで頷く。
「おいベイル、お前が怖がってる人間はお前の命の恩人だぞ。礼の一つでも言ったらどうだ」
その言葉を聞いてベイルの震えが止まり、彼は恐る恐る僕を見る。
「お、俺を襲った奴じゃねえな。でも人間が、俺を、助けた?」
言葉を口にしながら、なにか重要なことに気づいていくように彼は顔を青くしていく。
「いやいやいや、嘘だろ!そんなわけねえ!!」
彼は突然立ち上がり声を荒げてブルーノに反論した。
「嘘もクソもただの事実だ、ゆう坊はお人好しだからな」
ブルーノの言葉を無視するようにベイルは僕に向かって真っ直ぐに歩き、僕の胸ぐらを掴む。
「嘘だって言えッ!!」
彼が僕にそう叫ぶと、ブルーノがベイルの横っ面を殴り彼を吹き飛ばした。
「わぁブルーノ!?彼死にかけてたんだよ?」
「言ってわからない奴には拳骨が一番だ」
ベイルが頬を押えながら体を起こすのを見て、僕はほっと一安心した。
「人間は……俺の親父を殺した、従兄弟も仲間もみんな殺したんだ」
ベイルは暗い顔でそう言うと、憎しみのこもった目で僕を見た。
「うっ……」
彼を見ていたら頭が痛くなり、僕は頭を抑え俯いた。
僕には関係のない話のはずなのに。酷く自己嫌悪に陥っているような嫌な気分だ。
ブルーノが僕の肩を掴み、僕をベイルから隠すように前に出た。
彼の大きな背中を見ていると、なんだか落ち着いてくる。
僕は彼の背中に額をつけた。
「ベイルよ、俺はお前のことを深くは知らねえ、他人事だからあえて突っぱねた事言うんだけどな。
てめぇのそれはちょいと身勝手じゃねえか?」
「なんだと?」
「お前らはなんのために戦争に行った?
殺すために行った、殺されても仕方ねえと覚悟の上で行ったんだろ。
ならよぉ、生き延びたてめえが勝手に相手を恨むのは筋違いだよなぁ」
「ぐッ」
痛いところをつかれた、そんな感じでベイルは言葉をつまらせる。
なぜかその時僕は、彼がなんであんな態度をとるのか少しだけ理解できた気がした。
仲間を守れなかった自責の念、それに耐えきれず、誰かのせいにしたかったのだろう。
「今のてめえが一番死んだ連中を冒涜してんじゃねえのか」
ブルーノの言葉はベイルだけじゃなく、僕の心にも深く刺さった。
僕がブルーノにこんな言葉を言わせている、ベイルの心の傷をえぐるような言葉を。僕を守るために。
「ゆう坊はおめぇを助けただけだ、他はなんもしてねえ、知りもしねえんだ。
だから恨むのはやめてくれや、俺らには大事な仲間なんでな」
ブルーノのその言葉を聞いて堪えきれなくなった僕は、彼の背中に顔を押しつけて理由もわからず泣いた。
「ゆう坊……」
ブルーノは肩越しに僕を見ると、僕の頭を優しく撫でてくれた。
「なんだよ……」
僕らの様子をみて動揺したのだろうか、ベイルの震えた声が聞こえる。
「お、俺は謝らねえ。謝んねえからな!!」
「おい、待てベイル!」
ベイルは酒場から走り去って行ってしまった。
「ごめんねブルーノ……」
「お前は悪くねえよ、ゆう坊。誰も悪くなんてねえ」
ブルーノは僕を撫でながら、ベイルの走り去っていった方角を見る。
その首には奴隷がつける、隷従の首輪が鈍く光っていた。




