368回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 172:テンペスト、聖王領メルクリウス(2)
僕の家のある丘から市街地へ向かう長い階段を降りていると、遠景に離れ小島にある巨大な教会が見えた。
聖王プロスペロのいる場所、つまりこの聖王領メルクリウスの最重要施設であるため、教会と言うよりも城のような大きさと作りをしている。
教会のある島から、テンペストの下部を包んでいる霧が生み出され放出されている。
この世界の人間は全て異世界、つまり僕が元々いた世界から流れ着いた人達の子孫であるため、文化的にも少し名残が残っているところがある。
教会でプレイヤーに与えられる役目についての名前がそれだ、プレイヤーは代を経ていない異世界転移者であるという事を示す意味合いもあるらしい。
この都市にあわせた使い方をしているので本来の意味とはかけ離れているという話だった。
プレイヤーは全員教会の所属となり、 侍祭 という叙階で扱われ、その中で役割にあわせて役職を振られることになる。
プレイヤーなのにアバター化できない僕は 守門 という役職を与えられ、街のパトロールが主な仕事だ。
アバター化できるプレイヤーは 祓魔師 と呼ばれ、この都市の外での戦いが仕事。
読師 と呼ばれる立場のプレイヤーもいて、彼らは戦闘は行わないがとても大切な仕事をしてる。
あの霧はオブジェクトに由来するものらしく、その中を生息するクリーチャー、霧の魔獣がテンペストを守っている。
その魔獣が時々街の中に迷い込む事があり、魔獣は霧の中でしか生きられないためすぐに消滅するものの、もしかの被害を出さないためにそれを見つけて駆除する役割が必要になる。
僕の所属する 守門 の仕事は主にそれにあたる。
僕にはある理由があって教会には呼ばれた時にしか行くことは出来ないため、教会には未だに一度しか足を踏み入れたことがなかった。
階段を降り、街を歩く。
この街ではモンスターの混血に対する扱いが少し特殊だった。
ポプラのような獣の特性が耳や尻尾だけのような者は、まだ人並みの仕事に従事することができるが、人よりも獣の特性が強く出ている者は別だ。
顔が人間ではなく獣である人の事を獣頭人と呼び、彼らのことをこの街の人々は人間として認めていない。奴隷のように扱われるのが主だった。
「他の 守門 は、やっぱりいないか」
僕はいつも本来の巡回ルートから少し外れた道を歩いている。
この区域を歩いているのは個人的な理由、獣頭人の居住区画は 守門 の巡回区域には入っていないからだ。
もしここに霧の魔獣が現れ、獣頭人が襲われても守る必要はないという事らしい。
おまわりさんみたいな仕事をしているのに、そういう嫌らしいことに加担するのは面白くない。
それともう一つ、この区画に起きるある問題を見過ごしておけないからだ。
高校生の着るブレザーに白い鎧を合体させたような服。僕が街中で目立つ 侍祭 の制服を着て歩くのもそれが関係している。
「あそこあんまり行きたくないけど、なにかあるといけないしな」
正直あまり気乗りはしない場所ではあるが、僕は裏路地に入る。
肉の腐ったような匂いが鼻をつく、暗くてジメジメしていて、前の世界にいた以前の僕なら絶対に近寄らない場所だ。
「やめろ、離せ!!」
誰かの悲痛な叫ぶ声が奥の方から聞こえた。僕は山刀を腰から引き抜くと急いでそちらに向かう。
無理矢理首を吊らされ足をばたつかせながら痙攣するハイエナの頭をした男と、彼を取り囲む三人の人間の姿があった。
僕の足音を聞いて、こちらを見ると彼らは顔を青くした。
「くそっ 侍祭 が来た!逃げるぞ」
この区画では獣頭人に対する暴行が多発していて、 侍祭 の制服を着ていると無用な戦闘を避けることができる。
僕は急いでハイエナの男を吊していたロープを山刀で斬り、彼を受け止めた。
男は全身を弛緩させ、口から泡を吹き白目を剥いていた。
僕は彼を地面に寝かせ、ロープを緩めた。ハイエナの男の呼吸と脈拍がない。
急いで僕は彼に人工呼吸と心臓マッサージを繰り返し行った。
その途中、僕は彼の体に人の特性がない事に気づく。
「この人、モンスターか?」
獣頭人じゃないモンスターは島の外で捕らえられ奴隷として連れてこられた者がほとんどだ。
この街では首輪をつけて誰かの所有物になってない獣頭人やモンスターはみんなこんな扱いをされている。
こうした裏路地にはそうして嬲られ殺された獣頭人の死体がそこかしこに転がり、吊られていて、生きたまま解体されたであろう死体とかバラバラにされた死体や、柵に突き刺された生首もいくつもある。
この街の人にはこれが普通らしいけれど、僕にはどうしても見過ごしておけなかった。
獣の頭をした人であっても、それがたとえモンスターであっても。僕には自分と同じ人間のように思えたから。
「ガヒュッ!ヒュー……ヒュー……」
「ぷはっ呼吸戻ったみたいだ、よかった」
ハイエナの男の心臓が動き呼吸も戻って僕は一安心した。
獣頭人の治療のための医者はない、でもこれが初めてではないので僕はこういうときに何処に行けば良いか知っていた。
「もう少し頑張って、今安全なところに運ぶからね」
僕はハイエナの男にそう語りかけながら彼を背負うと、スラムの酒場に向かって歩き始めた。




