365回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 169:命の脈動、心と記憶(6)
グレッグの体が元に戻り、ジョッシュが山刀を突き刺した胸から、心臓の最後の鼓動と共に血が何度も吹き出し、ジョッシュの手を、体を染めていく。
「あ……」
ジョッシュは山刀をグレッグから引き抜き、地面に落とすと、自らの血塗れの手を見る。
「あ……あ、あ……」
ジョッシュは目を見開き絶望に顔を歪めた。
大切な人を自身の手にかけた、その現実を受け入れられず、助けを求めるようにドルフを見つめる。
ドルフはジョッシュの顔を直視できず、俯いた。
現実だ、これは。
僕が、グレッグを、殺したんだ。
ジョッシュはボロボロと涙をこぼし膝から崩れ落ちる。
グレッグを磔にしていた山刀が消滅し、グレッグも壁を背に座るような形で地面に落ちた。
「……ジョッシュ」
かすかなその声にジョッシュははっと顔を上げた。
グレッグが優しい顔をしてジョッシュを見つめていた。
「ずっとお前に会いたかった」
そう言って彼は微笑む、ジョッシュは必死に呼吸を落ち着ける。
「僕もだよ、グレッグ。ずっと君に会いたくて……会いたくて、僕は」
ジョッシュの言葉の後、グレッグはジョッシュを抱きしめ、彼の匂いを嗅ぎ、頬擦りをした。
力ない抱擁が解けぬように、ジョッシュも彼を強く抱きしめる。
「お前の体は暖かいな……」
「グレッグ、僕、僕は」
グレッグはヒューヒューと苦しそうに呼吸をしながら、なだめるようにジョッシュの背中を優しくさする。
「大丈夫、これからはずっと一緒だ……」
「うん、二度とグレッグのそばを離れたりしない……だから」
グレッグの頭がジョッシュの肩にうなだれ、ジョッシュを抱きしめ背中をさすっていた手が地面に落ちた。
「ねぇグレッグ、いっぱい話そう、一緒に美味しいもの食べて、いっぱい笑ってさ……」
ジョッシュは自分から遠くに離れていかないよう、強く彼を抱きしめる。
「だから死なないで、僕を置いていかないでよ」
彼から浴びた血が風で冷たくなっていく、血まみれのグレッグの体もみるみるうちに体温を失っていく。
「グレッグ……ねぇお願いだよ」
グレッグの目から一筋の涙が落ちる。ジョッシュは顔をくしゃくしゃにしながら、子供のように大声で泣き始めた。
「ワリス、楽にしてあげなさい」
教授がそう言うと、黒騎士の一人が巨大な鎌を振り下ろし、ジョッシュの背中から胸を刺し貫いた。
ビクンッと体を痙攣させ、ジョッシュの目から光が消え、彼は亡骸になったグレッグにもたれかかるようにして倒れた。
「君は見ているだけですか?」
教授はドルフを見てそう言った。
「テメエの目的はもう聞いた、そいつを殺しちゃいねえのはわかってる」
「そいつ、ですか。彼も嫌われてしまいましたねぇ」
そう言うと教授はくすくすと笑う。
ドルフの中で複雑な感情が渦巻いていた、グレッグを殺したのはジョッシュの意思によるものではないように思えた。
でなければ彼があんなに取り乱し、泣き叫ぶことはなかっただろうから。
いまだに体を動かせずにいたドルフは、教授の望みがジョッシュとモンスターを切り離す事である事を利用することにした。
自分がジョッシュを恨んでいるふりをすれば、彼にたどり着く手がかりを残す可能性がある。
「彼をテンペストにご招待します、あなたにもこれを」
黒騎士の一人がジョッシュを抱え、教授はドルフの胸元に一枚の封筒を差し入れた。
「あなたも好きな時に、それで彼に会いに来てください」
教授の狙いは復讐に来た自分をジョッシュに殺させる事だろう。際どい賭けではあるが、ひとまず前には進んだとドルフは思った。
彼は封筒を握りつぶし教授を睨みつけた、これは演技ではない本物の憎しみだった。
彼はそれをジョッシュへの怒りだと感じるだろう、運命を絶たれ助けることができないなら、復讐という形でジョッシュに辿り着き、救いだす。
教授が封筒に息を吹きかけると、封筒は中心から穴を広げるような、青白い光を放つ炎で燃えあがり、それは空間にも燃え移って、青い炎に包まれた大きなワームホールを形成した。
まずは教授、それからジョッシュを抱えた黒騎士と、それに続いて他の黒騎士が三人ワームホールに踏み込み消えていった。
残された黒騎士レオは、リガーの眼を甲冑越しに見ると尋ねる。
「貴様何か隠しているな?」
リガーはその問いに尻尾をゆったりと振った。
「さて、どうかにゃ」
「何か起きるとして、騒動はお前さんの好物だよにゃ?」
リガーはレオの眼を見つめて、確認するように言葉を口にする。
「強者と戦えるのであれば、な」
レオはふっと笑うと、ワームホールの先に消えていった。
リガーは振り返り、ドルフとマックス、そしてグレッグを一瞥し、踵を返しワームホールを潜った。
ドルフの体に自由が戻る。
彼はグレッグの元に行くと、彼を地面に寝かせ、胸の上に手を組ませて、その手の上に自身の手を重ねた。
「隊長の意志は、俺が引き継ぎます」
そう言って彼は涙を流した。
「ジョッシュ、俺じゃお前にとっての隊長の代わりは務まらないかもしれないけど。待っててくれな」
ドルフは涙を拭い、グレッグの顔を見つめて、複雑な表情をした。
「隊長は俺があいつの事好きだって言ったら怒りますか?それとも……」
ドルフは俯き、グレッグの手を握りしめた。
遠くなにかのうめき声のような音が聞こえて、彼は空を見上げる。
赤い霧に浮かぶ巨大な島のように、天空都市テンペストの姿がそこにはあった。




