364回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 168:命の脈動、心と記憶(5)
雄叫びをあげるグレッグを見つめながら思う。
僕がこのまま死ねば、少なくともグレッグは助かるんじゃないか?
もともと彼に何度も命を救われてきた、彼のために死ぬなら、それも悪くないかと思える。
僕がいなくなっても、グレッグにはドルフがいる。彼ならきっとグレッグを助ける方法だって見つけてくれる。
黒服の紳士の狙いは僕だ、ドルフ達を殺す気なら初めからそうしていただろう。
僕さえいなくなれば、みんな助かる。それなら。
「いいよ、グレッグ。僕の命を君にあげる」
迫りくるグレッグを僕は両手を広げてみせ、目を閉じた。
君に望むことが許されるなら、ほんの一欠片でいい、僕のことを思い出して。そう祈りながら。
「それが今の君の出す答えですか」
黒服の紳士の声と共に周囲が一瞬で真っ暗になった。風すらもない、なにもない闇の中、ただ耳元で彼の声がする。
「君はこの世界の人々を救える力を秘めています。ですが残念なことにその意識は今モンスターの側にある。それではいけないのです、なぜなら君は人間だから」
彼の言葉を聞いていると、少しずつ心が冷えていく感じがした。
「人の元にあれば勇者になるものが、モンスターの救い主として生きれば、魔王になってしまいますから。人間の守護者としては見過ごせないんです」
心の感覚が一つずつ閉ざされていく中、僕はグレッグやドルフ、マックスにリガーを想う。僕の大切な仲間、みんなと一緒にいたいと願うのはいけない事なのだろうか。
「君たちプレイヤーは、その姿の本来の力を引き出す事で真価を発揮します。枷は心にある、貴方がかつてその体を、ゲームの 駒 として扱っていた時の状態に戻すのです」
感情が消えていく、想いが色褪せて、心が冷たく凍っていく。
「さあ訣別しなさい、選択を誤った過去に。目の前のモンスターは君の敵です」
自分が自分じゃなくなっていく、もう何も考えられない。ああ、グレッグ、どうか僕を。
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ジョッシュは両手を下げ、目を開く。
ドルフはまるで別人のような表情の彼を見て寒気を感じた。
近づいてくるグレッグに対し、ジョッシュは山刀を高く掲げた。
「永劫刃」
彼が機械的にそう言うと、グレッグの周囲に無数の銀の光が瞬き、ジョッシュが山刀を振ると同時に、その光の群れが無数の刃となってグレッグ
を斬り刻んだ。
斬られても斬られても、グレッグの体は高速で再生を繰り返し、攻撃を意にも解さぬように副腕による横からの攻撃を仕掛ける。
「幻影鏡」
ジョッシュがそう言うと、彼の前に黒い靄が現れ、その中から鏡写のグレッグが、副腕による攻撃を自分自身に仕掛ける。
グレッグの攻撃に幻影の写身は消滅、しかしグレッグへの攻撃も彼を抉り、吹き飛ばされたグレッグは背後の建物を二棟粉砕し、壁にめり込んで止まった。
ジョッシュは吹き飛んでいくグレッグと同じ速さで走って追跡、彼に追いつくと即座に山刀を突きの姿勢で低く構え、スキルを発動する。
「紫電一閃」
その言葉で空中に至るまで瞬時に生み出された、無数の自身の分身と共に、ジョッシュはグレッグを滅多刺しにした。
「ガッフ……」
グレッグは無数の山刀で壁に磔状態になり、大量に吐血した。
「おい、なんだよこれ」
ドルフが動揺しながら声を出すが、ジョッシュは気づかない。
磔にしている山刀を残して分身を消すと、彼は再び突きの姿勢を取る。
「おいやめろよ、なぁジョッシュ」
嘆願するような、泣きそうな声で語気を強めるドルフ。しかしジョッシュは反応しない、そして繰り出す次のスキルを告げる。
「滅死穿」
「やめろぉおおお!!」
ドルフが悲鳴にも似た絶叫を発する中、ジョッシュの手にした山刀が強く輝き、確殺の一撃がグレッグの心臓めがけて放たれた。
パチンッ
黒服の紳士が指を鳴らし、ジョッシュの瞳に光が戻り、彼は我に返った。
しかし彼の技はその意思で止まる事なく、ぐったりしたままのグレッグを貫き、ジョッシュは自らの手が彼の心臓を貫く感触を確かに感じた。




