363回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 167:命の脈動、心と記憶(4)
グレッグの顔が僕の顔に肉薄する、紅玉の腕輪が光り、炸裂音と共にグレッグが背後に向かって吹き飛び、空中に波紋が広がって消えた。
空気が持つ物質が音の壁を越えた時にプラズマ化しソニックブームを発生させる性質を強化し、僕は衝撃波の壁を生み出しグレッグにぶつけたのだ。
「この方法なら対抗できる」
僕はグレッグが起き上がる前に走り出し、紅玉の腕輪を起動する。
周囲の光景が超高速で流れ始め、グレッグの背後に周り、山刀を振るう。
刃は届いていない、しかし山刀の剣先が白い雲を引き、斬撃と同時に甲高い音と共に真空刃がグレッグの右副腕を斬り飛ばした。
そのまま走りグレッグの前方、グレッグに向けて走りながら拳を構え、紅玉の腕輪を起動しながら拳を放つ。
拳とグレッグの間で挟まれた空気がプラズマ化し、炸裂音と共に爆発、衝撃波でグレッグの装甲に亀裂が入り、腹部の一枚を粉砕した。
グレッグは左の副腕を上に構えていた、そしてそれを振り下ろす。隕石の衝突のように地面がめり込みクレーターを形成した。
しかし彼の眼前に僕はいない、衝突の直前彼の左側に跳んでいたからだ。
伸びきった腕、むき出しになった肩関節、これを待っていた。僕は山刀を振るい、真空刃で左の副腕も切り落とし、着地する。
「あと少しでグレッグを抑え込め……」
僕は口から溢れてきた血に言葉を塞がれた、大量の血を吐き、違和感を覚え目を手で拭うと血がべっとりとこびりついていた。
紅玉の腕輪による肉体の強化の副作用だ、意識が朦朧とし始めていた。
「ジョッシュ!!」
グレッグが僕を呼ぶ声が遠くに聞こえる。
「ダメだ……意識を失ったら」
闇の血統のセナを殺しかけたことを思い出していた。もしまたあんな状態になったら、僕はグレッグを殺してしまうかもしれない。
咆哮を上げるグレッグ、切断された彼の副腕が、断面から血を噴き出しながら再生していくのが見える。
まだ僕にはできることがあるはずだ、諦めるな。
何度も何度も僕は頭の中でそう繰り返す。
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「もういいジョッシュ!逃げろ!!」
ドルフは黒騎士と斬り結びながら、必死にジョッシュに呼びかけていた。
しかし彼は傍目から見ても意識があるのかどうか定かではない状態で、血塗れのまま立ち尽くしている。
「クソッ聞こえてねえか、待ってろ!すぐに俺が行くッ」
黒騎士の一撃を受け止めながら、ドルフは黒騎士の腹を蹴って体を浮かせ、前方宙返りをしながら黒騎士の肩に踵を叩き込んだ。
黒騎士は激しく回転しながら地面に落下、しかしつま先と片手でぴたりと着地し、ドルフを見る。
ドルフは黒い粒子を残して遠方に移動、そしてグレッグに向かい、黒い光の矢を放とうとしていた。
黒騎士は立ち上がりながら、遠方のドルフに向かい黒剣を逆袈裟に斬りあげた。
ドルフはその瞬間、体が両断されたような感覚に襲われ、同時に全身に力が入らなくなっていった。
「なんだ、こりゃあ?」
ドルフは手が痺れて矢とブレードアローを地面に落とし、足に力が入らず膝をついた。
「リガーの毒……いや、あれはもうジョッシュが効果を消した。ならこれはいったい」
「やはり普通のモンスターなら一撃で終わるか」
そう言って黒騎士はドルフに近づく。ドルフにはその場を動くことも身構えることすらできなかった。
「この剣でお前があの二人を助ける運命を殺した、もうお前に出来ることはない」
「テメエの仕業か!」
「グレッグといったか、やはりあの男は特殊な個体なのだな」
そう言うと、黒騎士は変わり果てたグレッグを見つめる。
「奴と戦った時、俺は全ての斬撃で奴の運命を切り潰した。ありとあらゆる運命を殺され、生きている事すら否定されても、あの男はまだ立ち向かってきた」
出来れば奴が万全の状態でもう一度戦いたかったが。そう言いながら、黒騎士は黒剣をドルフの喉元にあて、彼の顎を持ち上げる。
「テメエらあの二人をどうするつもりだ」
「グレッグは死ぬ、教授がそう望んだ以上避けられん。そしてジョシュア少年は彼の物になる」
「舐めんじゃねえぞ、隊長もジョッシュも絶対にお前らの思い通りになんてならねえ」
その言葉を聞くと黒騎士は剣を引き、踵を返して歩き出した。
「まだ決着がついてねえぞ!」
黒騎士は立ち止まり、振り返った。兜で表情が見えないはずなのに、ドルフにはその時彼が笑っているように見えた。
「お前はもっと強くなる。俺を憎んで研鑽をつめ、そして俺を殺しに来い」
鼓膜が破れるほどの咆哮が響く。グレッグの再生が終わる。彼は再びジョッシュに向かい走り始めた。
「頼む、逃げろ!逃げてくれジョッシュ!!」
ドルフが悲鳴のように叫ぶ中、ジョッシュは未だ曖昧な意識のまま立ち続けていた。




