362回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 166:命の脈動、心と記憶(3)
琥珀のオブジェクトで生み出せる木の強度じゃグレッグの足止めもできない。ならば狙うのは。
「ここだ!」
グレッグの攻撃が僕に当たる手前、僕が踏み出し着地した場所に木の柱を生み出し、柱が迫り出す勢いを利用して僕は宙に跳ぶ。
グレッグの右手の鉈が柱を粉砕し、すぐに上空の僕に目掛けた左手の鉈による予備動作が始まる。
僕は壁に着地すると、瞬時に木の柱を生み出し、再びその勢いを使い跳ねる。グレッグの一撃が空を裂いた。
地面に伏せるように着地し、再び壁から木の柱を出し、跳ぶ。今度は地を這うように飛び、グレッグの足首を山刀で斬りつけた。
「グァアッ!」
痛みに叫びながら、グレッグは僕に向かって反撃の鉈を振り下ろす。僕は瞬時に体勢を入れ替え、グレッグの股を抜けて攻撃を回避。
即座に跳び、空中で縦に一回転して勢いをつけ、彼の頭めがけ山刀を振り下ろす。
グレッグは鉈で応戦、山刀と鉈が激しくぶつかり合い火花が散った。紅玉の腕輪が光を放つ。
衝突時の激しい金属音を、変質化させた空気を利用しグレッグの耳に全て収束させる。
「ガッアアアアアッ!!」
グレッグがよろけ耳を押さえる、耳からは血が流れている。
痛い思いさせてごめんねグレッグ。僕は心の中で彼にそう言った。
僕は鉈と山刀の接触部を指点に空中で回転、勢いをつけて彼の延髄に膝蹴りを放つ。
「沈めぇええッ!!」
膝が激突した感触があった。しかしグレッグは倒れない。
延髄に入るはずだった僕の膝を、突如彼の背中に現れた三本めの腕が掴んでいた。
「なんっ」
僕が言葉を口にしきる前に、四本めの腕が現れ僕の足を掴み、棍棒を振り回すかのように、僕の体を振り回して地面に思い切り叩きつけた。
「ギャッ……ァッ!」
あまりの衝撃に体が勝手に悲鳴をあげていた。
骨が何本か折れた音が響き、激痛が全身に伝播して僕は絶叫した。
痛い痛い痛い、思考が痛みに支配される。息が出来ない。体が勝手に涙を流し、呻きながらもがくしか出来なくなった。
でもこのままじゃ死ぬ、僕は歯を食いしばり、目を見開いて、頭を踏み潰しにきていたグレッグの足をギリギリでかわす。
琥珀のダガーを使い左腕から蔦を遠くの木まで伸ばし、蔓の操作で体を高速で引きずりグレッグから距離をとった。
痛みに耐え、木を支えに体を起こしながら、グレッグを見て僕は絶句する。
皮膚が硬質化、全身から血を吹き出し、その血が体にこびりついて全身に赤黒い装甲を形成していく。
腕が四本、身体も一回り大きくなり、筋肉が増大し異様な姿へと変容していく。
「一体これはどうなってるの」
「あれが隊長の絶技だ」
ドルフはブレードアローを支えに体を起こしながら、苦々しそうな表情をしている。
「まさかお前相手に使うなんてな、隊長は本当に狂っちまってる。黒騎士相手にした時だって、お前に人間を殺すところを見せたくなくて、使わなかったんだろうに」
アアアアアッ!と叫びながらドルフは立ち上がる。
「クソが、やらせねえぞ。隊長にお前を殺させやしねえ!」
「ドルフ、無茶しないで」
「嫌だね、ここでやらなきゃ俺は一生後悔する」
武器を構えたドルフに黒い影が急速に迫り、ドルフは手にした武器で自らに振り下ろされた黒剣を受け止める。
「なんのつもりだテメェ!!」
「悪いが邪魔はさせない」
ドルフの前に立った黒騎士は、鍔迫り合いの状態でドルフを押して姿勢を崩させ、一歩踏み込み間合いを詰めると、すかさず下段から高速の一撃を放った。
ドルフはブレードアローの下側の刃で黒剣を捕らえ、身体を翻しながら受け流し、逆に黒騎士の腹に横薙ぎの一撃を放つ。
「むっ」
黒騎士は後ろに跳躍、ドルフの斬撃を回避する。しかし彼が地面につくより早くドルフはブレードアローに矢をつがえ、黒騎士に続け様に三発放った。
黒騎士は一本目を斬り払い、体を横回転させ二本目を背にしたマントでいなし、片足が着地した瞬間その回転のまま放った回し蹴りで三本目の矢を蹴り折った。
「なるほど、以前とは違うな」
「テメエをぶちのめす為に鍛えたんだ、当然だろ」
「余所見は危険ですよ?」
黒服の紳士の声が耳元で聞こえて、僕は正面を見る。
声は耳元で聞こえたのに、黒服の紳士は遠くから笑顔で僕を見ていた。
グレッグが雄叫びを上げながら猛烈な勢いでこちらに接近し、右の巨大な副腕を僕に向けて振りかぶる。
僕は慌てて足元に木柱を生み出し空中に退避する。
グレッグが巨腕を振ると、その爪の後のように発生した巨大な衝撃波が周囲に吹き荒れ、地形を抉り、建物を消し飛ばした。
僕は着地すると走り、グレッグの動きを封じるために木の槍を連続して放つが、それらは当たる度に粉々に砕けるばかりで彼が歩くことすら止められなかった。
琥珀のダガーでできる攻撃じゃ通用しない強靭な体、おそらく僕の拳は通用しない鎧化した表皮、山刀で関節を狙うしかないが、それをしようにもあの強烈な攻撃を食らわずに間合いを詰めて離脱する方法がない。
考えろ、考えろ。
どうすればグレッグを止められる?
答えを出す猶予も与えず、グレッグは再び爆裂的な速度でこちらに迫り攻撃を仕掛けてきた。




