359回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 163:魔境へと至る道(8)
小柄な黒騎士が兜を外すと、そこにはリガーの顔があった。
「悪いにゃ、これがおいらがお前さん達と行動してた理由だにゃ」
「これまでずっと俺たちを騙してたのか」
ドルフの声は静かで重い、彼から肌を刺す様な殺気を感じる。僕はまだこの状況を受け入れられない、リガーと敵になるなんて嫌だ。
「嘘だ、だって君はグレッグを助ける時も手を貸してくれた、それに命懸けで僕を庇ってくれたじゃないか」
リガーに縋る様に、僕は言葉をしぼりだす。彼の心を僕らのもとに引き留めたい。その一心だった。
だけどリガーは胸の鎧を外し、中の服をはだけさせその中の自身の体を見せる。彼の胸には毛皮がなかった、ただ毛皮がないと言うより、人間と同じ部分がそこにあった。
「おいらはこの通り、モンスターと人間のハーフでにゃ。立場上は人間、魔王軍は人間にとっても脅威だった、だからギルドに潜入して、お前さん達を利用したんだにゃ」
彼はまるで僕に自分を否定しろと言いたいかの様に言葉を紡ぐ。
「お前さんを助けたのもそういう依頼だったからにゃ」
自分を敵として認識しろと、そう言う様に。
いやが応にも脳裏にこれまでのことが浮かんできた。
砦の破壊の功績を僕に押し付けたのは、潜入任務で目立つのを避けるためだった。
違う。
セナに殺されかけたのは潜入任務を内部にまで秘密にしていたから、セナを殺そうとした僕を止めたのも、彼が闇の血統の一員だというなら説明がつく。
違う、違う!
僕は頭の中にわいてくる考えを否定し、リガーにかける言葉を探す。彼が一言違うと言ってくれれば、僕は彼を信じ続けられる。
だけどなんて声をかけたらいいかわからなかった。
「嫌だ、嫌だよリガー。こんなのってないよ」
「諦めてくれにゃジョッシュ、敵同士だと思った方がこの先お互い楽に生きていけるにゃ」
ドルフの矢がリガーの顔を擦り、彼の背後の柱に刺さった。
「それには俺も賛成だ、ぶっ殺してかたしちまえば、面倒な後腐れもないからな」
「物騒な事言うにゃあ、だけどこの場でその選択は不可能だにゃ」
リガーがそう言うと、ドルフとマックスが苦しみ始め、膝を地面についた。
「体が……痺れて……」
「テメエ……、あの食い物に、毒入れてやがったな」
黒騎士が僕に向けて掲げていた刀を、一回転させ鞘に収め、その時の高い金属音と共に僕に体の自由が戻る。
「ドルフ!マックス!」
「俺もこいつも、この程度の毒でくたばるほど……やわじゃねえよ」
「ジョッシュ、貴方は……大丈夫ですか?」
引き攣った顔で笑って見せるドルフ、マックスも心配そうに僕を見た。リガーを見るといつの間にか鎧を着直していた彼も平然としている。
「僕は……平気みたい。僕もリガーもシチューを食べたのに、なんで」
「こいつで毒の行く道を絶ったからにゃ、おいらとジョッシュの食べた毒は体に吸収されないにゃ」
そう言ってリガーは円月輪を取り出して見せ、兜を被り直した。
「なぜ僕にだけ自由を与えたの?」
嫌な予感がした、これ以上先に進めば戻れない場所に連れていかれる様な。
僕は争うために山刀を抜き、構えを取る。
ドルフもマックスも僕が守る、リガーも取り戻す。またみんなで笑い合える様に。
「貴方に戦ってもらいたい相手がいるのですよ」
黒服の紳士がそう言うと、黒騎士の一人が背負っていた人間大の大きな布袋を僕の方に放り投げた。
中に入っている物の輪郭は人の様に見える。
「グッ、酷え匂いだ。死体でも入ってやがるのか?」
布袋の中身の顔あたりの直上に黒服の紳士が左手を差し出し、白い手袋越しに産み出した黒い水を、手を傾けて布袋に落とし始めた。
黒い水がゆっくりと染みて、布袋を黒く染めていく。
突然布袋の中のなにかが、体を浮かすほど激しく痙攣しはじめた。
周囲の人型の黒い肉塊達が布袋に押し寄せ、中の誰かを食いちぎる様に顔を埋め、次々に布袋に取り込まれていく。
次第に布袋の中身が水風船の様に膨れ上がり、袋が裂け、血が吹き出すかの様に黒い水が吹き出し、袋の中から巨大な黒い人型の異形が這い出してきた。
筋肉だけで形成されているような、形容し難い異様のそれは、僕らを見ると、この世の物と思えないような絶叫をあげた。




