349回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 153:時の花咲くこの街で(4)
ベッドの上で大いびきをかいて寝ていたドルフは、外が何やら騒がしくなり目を覚ました。
「ん……なんだぁ?妙に騒がしいな」
彼が外を見ると、日が上り明るくなった街に装飾と出店が溢れ、大量の人がごった返し、手回しオルガンなどで景気の良い音楽が流れていた。
「どういう事だこれ、それにこのなんとも言えない良い匂い」
ドルフは鼻をくすぐるバターと甘い焼き菓子の香りを吸い込む、それにあわせ彼の腹がぐーっと大きな音を上げた。
「おいジョッシュ」
彼が声をかけてベッドを見ると、そこにはジョッシュはいなかった。
なんだ、いねえのか。と少し残念そうな顔をうかべ、頭をかきながら顔を洗おうと洗面台に向かうと、彼は書き置きがあるのを見つけた。
おはよう、ドルフ。この宿屋の近くの広場にいるから、よかったら来て。朝食ご馳走します。
書き置きにはそう書いてあった。
宿屋から出たドルフの前を広場でホットケーキ食おうぜ!と子供達が走っていく、あとをついて行くと、広場では大行列ができていた。
リガーが列の整理で慌ただしく奔走している。
列の先になにがあるのかとドルフが近づくと、そこではジョッシュが両手に3個ずつフライパンを持って、皿の前でクロスして振り、フライパンから飛び出したホットケーキを皿に五段積みで乗せて万雷の拍手を浴びていた。
「あれ一枚足りない?」
彼がそう言った瞬間、ドルフの顔にホットケーキの一枚が落ちてきて、彼は思わずあっちい!と叫んでしまった。
「あっドルフ、おはよう!よく眠れた?」
「また何やってんだお前……」
と呆れながら自身の顔の上のホットケーキを持ち上げると、それには焦げを使ってグレッグが描かれていた。
「お前料理に隊長の顔つけるのほんと好きだな、……ん?」
ドルフの目にグレッグの描かれた垂れ幕、グレッグカーニバルと書かれていて唖然とする。
「やっぱりビックリした?僕も驚いたんだけどね」
そう言ってジョッシュは笑う。
「おい、お前これどういう事だよ!?」
正気に戻るとドルフは垂れ幕を指さして猛然とジョッシュに問いかけた。
ジョッシュはホットケーキにバターを乗せ、はちみつをかけて客に手渡しながら答える。
「知り合いのカフェの店長さんがグレッグの事街のマスコットキャラにしようって動いてくれてたみたいで」
てへぺろとするジョッシュの後ろを、グレッグ着ぐるみが通り過ぎていく。
よく見るとあちらこちらにグレッグの着ぐるみを来た人や、グレッグの角を模した頭飾りや、グレッグぬいぐるみポーチ、様々なグレッググッズを身につけた人々が練り歩いていた。
「止めろよ!隊長がこれ見たら卒倒するぞ」
「いやーみんながグレッグのこと好きになってくれるのがなんだか楽しくなっちゃってつい」
「頼まれてた物買ってきたぜ、どこに置く?」
両手にグレッググッズを抱えたドルマが現れ、ジョッシュは目を輝かせ彼に礼を言うと、そこの木箱の中にお願い!と飛び跳ねながら応えた。
ドルマは何故か覆面姿で、広場でジョッシュの手伝いでケーキを焼いているギャング達も覆面姿、誰も違和感覚えないのか?と首を捻りながら、ドルフは呆れ顔をした。
「まったく後先考えないやつだなぁ」
といいながら手にしていたホットケーキを食べ、彼は目を見開く。
口の中に広がる芳醇なバターと新鮮な卵の香り、なにより彼が今まで味わったことのないしっとりふわふわな食感はまさに絶品。
「なんだこれ!?」
「驚いた?重曹作って混ぜて焼いたからふかふかだよ」
「重曹?そんなもんいつ作ったんだ」
「昨日の戦闘で塩酸ガス使ったでしょ?あれ実は重曹作る過程で出るやつなんだよ」
「あれはこの菓子作るためのついでだったのか。つうか毒ガス出すようなもん食って大丈夫なのかよ!」
「反応は終わって無害になってるからね、ちゃんと毒見もしました」
えっへんと胸を張るジョッシュに首を横に振りため息をつくドルフ。
「お前真面目なんだか不真面目なんだかよくわからん時があるな……」
ドルフは自分の周りでモンスターの子供や人間の子供たちが、美味しいねと話しながら笑顔でホットケーキを頬張るのを見てまぁいいかと笑顔を浮かべた。
「ほほいのほいっ」
ジョッシュはフライパンをバックハンドトスも交えてお手玉しながら、ホットケーキを六段積み。
「ほいほいにゃー!」
そこに駆け寄ったリガーが飛び上がり、空中で逆さの姿勢できりもみ回転しながら、ホットケーキにバターを乗せ、金色の螺旋を描きながら蜂蜜をかける。
いえーい!とジョッシュとリガーは満面の笑みでハイタッチ、そのままリガーは列整理に戻っていった。
「なんだよ、息ぴったりじゃねえかお前ら」
なんだか妬ましいと言いたげにそう呟くドルフに、輝くような笑顔でジョッシュがホットケーキの乗った皿を差し出した。
「はい、これドルフの分だよ」
ジョッシュのその様子に胸がギュッと締め付けられ顔が熱くなる感じがして、ドルフは思わず顔を背ける。
「い、いらねーよ。甘いもんなんて」
「そう?残念だなぁ」
美味しいのに、といいながらジョッシュはフォークを使いながら自分でホットケーキを食べ始めた。
「あっ……」
小さく声を出したドルフの耳は倒れ、尻尾は垂れ下がる。
「んー!自分で言うのもなんだけど、ほっぺが落ちちゃいそう」
「うー」
唸りながら物欲しげにジョッシュを見つめるドルフに、ジョッシュは計算通りと微笑みながら一切れ切って差し出した。
「はい、あーん」
「ばっやめろよ、人が見てるだろうが」
慌てふためくドルフに心底楽しそうに笑うジョッシュ。
「だって食べたそうだったから」
「ったく、仕方ねぇ。ほらよ」
ドルフはそう言うと口を開き、ジョッシュはそこにホットケーキを入れた。
もぐもぐと口を動かしながら、ドルフはじっと自分を見つめるジョッシュに目を泳がせる。
「どう?」
ジョッシュが期待するような顔で尋ねる、知らない間に周りの人たちもドルフ達を取り囲んでニヤニヤと眺めていた。
ほらみろ見せ物あつかいされてるじゃねえかと心の中で文句を言いながらも、ジョッシュの気持ちも無碍にはできず、美味い……とドルフはもごもごと言った。
ジョッシュの表情がぱぁっと明るくなり、心から嬉しそうに彼は笑った。
そんな彼の様子が嬉しくてドルフは無意識に尻尾をゆったりと振る。
「へへへ、もっとあるよ?」
「お前がそこまでいうなら、仕方ないから食べてやるよ」
ふんふんとホットケーキの匂いを嗅ぎ、舌なめずりし、ジョッシュから皿を奪い取ると彼はガツガツとホットケーキを貪り始めた。
「はぁ〜うんめぇ」
しみじみとそう言うドルフに満足げな表情をするジョッシュ、ドルフはそんな彼を見てバツが悪そうにフンっと鼻を鳴らした。
「なかなかやるじゃねぇか、褒めてやっても良いぜ」
「それは光栄至極でございます」
ジョッシュはドルフにうやうやしくお辞儀をした。
「そういやマックスはどこ行ったんだ?」
「マックスはディアナ公国兵さん達のとこにいるよ、誘ったんだけど、どうしてもしたいことがあるからって」
「そうか」
「おーい大将、人手が足りねえ!早く焼きに戻ってくれ!」
「はーい」
「おいジョッシュ、あいつの分も焼いておいてくれるか」
それを聞いたジョッシュは親指を立てながら、もちろん!と答えて焼場に戻っていった。
ドルフはホットケーキをもう一口頬張り笑みをこぼし、ホットケーキに描かれたグレッグを見つめると、あいつよく頑張ってますよ、隊長。そう呟いた。




