347回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 151:時の花咲くこの街で(2)
「明朝にはここにいる全員処刑だ、死ぬのが早いか遅いかだけではあるがな」
領主はそういうと自らの背後にやってきた、秘書の青年に声をかける。
「まさか君がこんな人員を揃えていてくれたとは渡りに船だった、私が見込んだだけはある」
秘書はその言葉を聞くと眉を少し動かし、兵士たちの持つ松明の明かりが彼の眼鏡を光らせた。
「バーンズ様、つかぬことをお伺いします。昨日貴方とした約束を覚えていますか」
「なんの話だ?」
「昨日私たち二人が見た花の色はどんな色でしたか?」
僕は秘書の胸ポケットに、ハンカチに包まれた、キルシュの植えた青い花があることに気づいた。
「花を愛でている暇など私にはない、君にもわかるだろう」
「なるほど……理解しました」
秘書が手を挙げると、兵士全員がバーンズを見た。
「私は今ここで、貴族議会の名において貴方を弾劾します」
秘書のその言葉に上機嫌だった領主が変貌した。
「なんの冗談だ貴様」
「この都市が魔王軍に狙われ、オブジェクトを手にした時から、貴方はこの都市の守護者たり得なくなった」
秘書が取り出した一枚の紙を見て、領主は青ざめる。
「それは……まさか」
「皇帝陛下からの勅命書です。オルグバーンズ、今この時から貴方は貴族の地位も剥奪される。諦める事です。貴方の野望はここで潰えた」
「オルグ?」
僕がその名に疑問を抱き口にすると、領主は頭を抱え叫び始めた。
白目を剥き、うわごとを繰り返しながら、彼の体から人間大の黒い肉塊が弾き出され、叫び声を上げながらそれが消滅していくのが見えた。その姿は闇市で見たオルグそのものの姿だった。
黒い肉塊が抜けた領主はその場にへたり込み、虚な目をして、口を開いたまま涎を垂らし、抜け殻のようになってしまった。
そんな彼を見ながら、秘書は寂しそうな表情を浮かべ、彼の前に跪く。
「あとは引き継ぎます、ゆっくり休んでください」
そう優しく呟き、彼は領主の胸ポケットに自身の胸ポケットにあった花を挿し、兵士に連行させた。
兵士の一人が僕らを見て秘書に尋ねる。
「彼らはどうなされますか?」
兵士の目は鋭く、僕らを疑っている様子だった。しかし秘書は片手で彼を静止しながら彼らは私の友人だと答えた。
「それは失礼を致しました」
そういうと兵士は僕らに一礼する。秘書はまだ状況がよく飲み込めていない僕をじっと見つめた、その目はどこか優しく、遠い何かを見つめているようにも思えた。
「君のおかげで約束を果たせました、感謝します」
彼はそう言うと、僕に頭を下げ、兵士たちと共にその場をさっていった。
「最後の最後で肝冷やしたにゃ」
リガーはそう言うと、その場にへたり込んだ。
「ジョッシュ、お前さんいったいどうやってあの化け物を退治したんだにゃ?」
「みんなの不安の根幹は魔王軍の侵攻にあったのが肝心だったんだ。それを利用して力を得ているなら、みんなを納得させられる理由を僕が持っていれば、僕のスキルで説得は可能だった。爆発も魔王軍の仕業ってことにすれば勝ったと伝えればその不安も解消できるよね?」
「でもよ、お前俺が勝ったところは見てないだろ」
「信じてたんだよ、ドルフのこと」
「お前……」
僕の言葉にドルフは泣きそうになりながら、慌てて首を横に振り、厳しい顔を作って見せる。
「まぁ当然だな!」
そんなドルフに僕は思わず笑ってしまった。
「この街の人と友達になりたいって、ダーマさんやドルマさん達のおかげで思えたしね。僕の能力の発動条件は揃ってたんだ」
「あの火の鳥はなんなんにゃ?」
「あれはこのオブジェクトの力……」
僕がそう言いかけると、パットが言った。
『違うよ、そのオブジェクトにあんな力はない』
「え?それってどういうこと?」
突然のパットの言葉に驚く僕を、リガーは不思議そうな顔をしてみた。
「なぁジョッシュ少し頼みがあるんだけどよ」
ドルフが僕らの話に割って入ってきた。
「今日は宿屋のオーナーがいい部屋用意してくれたらしくてよ、その、なんだ」
ドルフはなんだかモジモジしながら、上目遣いで僕を見た。
「お前の部屋行ってもいい?」
「え"!?」
素っ頓狂な声を上げたリガーを、ドルフは顔をしかめ歯を剥き出しに、グルルと唸りながら威嚇した。
「いいよ、そうしよう」
僕がそう言うと、ドルフは明るい顔をして尻尾を上機嫌で振り始めた。
「おっいいのか!?じゃあ、後で行くから、部屋で待ってろよ!?」
そう言うとドルフはウキウキした様子でその場を後にした。
モンスターの子供達やギャングを連れて宿屋に向い、部屋に入ると、僕はその豪華さに感嘆の声を上げた。
こちらの世界にこんな近代的な内装の部屋があるなんて、衝撃的でもあった。
「さてと、ドルフが来るまで少し時間があるかな。ねぇパット、さっきの話なんだけど。このオブジェクトの力ってなんなの?」
『その紅玉の腕輪の混沌侵食は、性質の強化なんだよ。生物や物質の一部の性質を強化して、その強化を実現させるために他の部分を変質化させるのが、そのオブジェクトの力』
僕は紅玉の腕輪を部屋の壁のランプの光に透かして見つめてみる。
マックスの仲間の兵士さん達を生きたままゾンビに変えた、そのオブジェクトを。
『ディアナ公国兵達は兵士であることを強化されて、その強化の実現に不死性を付与するために、ゾンビに変えられてしまったんだろうね』
「これじゃオブジェクトを手にしてたって、ギャビンが使えなかったのも仕方ないね」
あまりに代償が大きい、混沌による現実の侵食がオブジェクトの本質であるという事を、僕は少し理解し始めていた。
「じゃああの時の炎の鳥はなんだったの?」
『あれは……』
パットが言い淀む、しかし少しの沈黙の後彼は口を開いた。
『四体のデモンズロードの一つ、フレスベルグ。魔王の絶技だ』




