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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
異世界勇者の解呪魔法
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345回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 149:陽炎の向こうへ

 塔の中は広大な空間が広がっていた。

 空間のはるか先には水平線が、上を見ると天井のない果ての見えない闇が続いている。そして灼熱の業火が、その全てを埋め尽くしていた。


「混沌侵食……、オブジェクトの影響か」

『この塔外部に見える炎自体がカオスオブジェクトの混沌侵食だからね、中もさもありなんってところさ』

  

 果てない空間をまっすぐ歩きながら、僕はふと疑問を抱き、それを口にした。

「熱くないのはパットがなにかしてくれてるの?」

『僕の力で君の周辺に混沌侵食を起こして相殺してるんだ、君の周囲だけ炎が避けてるだろ?』


 そう言われて足元を見ると、確かに僕を中心に半径1mほど円を描くように炎のない石畳が見えた。

 手を火にかざすと、火が風に揺れるように僕の体を避ける。何もない空間と火の間に、チリチリと細かな光の粒子が弾けては消えていくのが見えた。


「ねぇパット、このままオブジェクトのところまで行ける?」

『残念だけど無理だね。これ以上の出力は出せない、だからオブジェクトに近づくほど範囲は狭くなるよ。君の顔と内臓は守り切るけど』

 パットは言わなかったが、彼がこれ以上力を使えないと言ったのは、琥珀のダガーの影響で僕の体に変化が起きているからなのだろう。

 視界を保ち呼吸をするために顔を守って、焼けても即死には繋がらないところは捨ててかかるしかない。


 火の勢いが強い方に向かって歩いていく。

 徐々に火が肌に触れるようになり、暑くなってきた。焼けた肌はエルフの霊薬の力で瞬時に治る、だけど痛み自体は後を引くように積み重なっていく実感があった。


「服は燃えないんだなぁ」

『混沌の炎だから、オブジェクトに干渉し得るものだけを焼くんだろうね』

「無事に戻ったとして、丸裸じゃかっこつかないからよかった」

 軽口を言って気を紛らわせながら、僕は奥へ奥へと進んでいく。


 熱と痛みで口が聞けなくなってきた、体はまだ動く。見た目には無傷だ。

 僕自身の生命力はとっくに尽きて、外にいるモンスターの子供達からもらう生命力で傷を癒している。

 もしだめだったら、その時は。

「ねぇパット」

『わかってる、君が倒れて動けなくなったら。生命力の供給は止める。だから今はオブジェクトを探すことに集中して』


 熱い、痛い、苦しい……。

 全身の感覚がボヤけて、ただ痛みと熱だけを感じ続けていた。

 前には進み続けている。だけど頭の中が苦痛で埋め尽くされて、自分が今なんのためにこんな事をしているのか、わからなくなってきていた。

 でも体は前に進む、体がもっと燃える方向に。


 あれからどれくらい歩いただろう、時間感覚すら曖昧になって、もうなにもわからなくなっていた。

 上も下も右も左も分からない。突然巨大な壁にぶつかった、石畳でできた壁、ああ、僕は倒れたのか。

 手が燃えて指先が炭化しているのが見えた。

 生命力の供給量が減っているのだ、子供達も限界なのだろう。これ以上生命力を吸い上げたら、彼らの命に関わる。

 

 これで終わりだ、僕は失敗した。

 涙がとめどなく溢れてくる。

 グレッグ、ドルフ、リガー、マックス、リック、ダーマさんにドルマさん。それにジャレドさん。

 みんな、ごめん。そう言おうとしても、開かれた口から出るのはうめき声だけだった。


 涙と陽炎でぼやけた視界の中に、そこにいるはずのないものが見えた。

 僕は最後の力を振り絞って立ち上がり、それを追いかけて歩き始めた。

『ジョッシュ?』

「リック……リックがいる」

 いるはずがないのに、僕の目の前にはリックがいた。服装が違うけど確かに彼だ。


 思考にノイズが入るたびに、一瞬一瞬目の前に、みたことのない場所の景色が見えた。それは僕じゃない誰かの思い出のようだ。僕じゃない誰かがかつて見た光景が、幾たびも目に浮かんでは消えていく。

 幼いリックと、キルシュ、両腕があって今よりも若いジャレドさんが笑っている。

 拷問を受けて歪んでいくキルシュ、笑わなくなっていくリック、不安そうな顔をしている子供達。

 鎖に縛り付けられ、封印されている赤い宝石でできた腕輪を盗み、子供達を引き連れて逃げ出す誰かの記憶。

 

---


 力付き倒れていく子供達、そんな中リックも限界まで生命力を吸われ膝をつき、滝のような汗を流し息を荒げていた。


 リックの胸の中を恐怖が埋め尽くしていた、自らの置かれた状況にではなく、自分の行動次第でジョッシュが死ぬということに対する恐怖だ。

 生命力が奪われれば奪われるほど、それはジョッシュの肉体が傷ついているということ。

 あの塔の中で、体を焼かれながらあいつが足掻いてる証だった。


 挫けそうな自分を自嘲しながら、リックは力を振り絞り立ち上がろうと拳を地面に打ち付ける。

「ようやくわかったよ、兄貴」

 叫び声を上げて立ち上がり、空を見上げる彼の目には涙があった。

「こんなに怖いんだな、誰かの命を背負うって事は」

 逃げ出したくなる、何も知らなかったと、無関係を装ってしまえればどれだけ楽か。

 追い詰められ、あの結末を選んだ彼を、リックはようやく理解できた気がした。


「だからこそだ」

 だからこそリックは死んでもここを離れないと決めた。自分達のために全てを投げ出して抗う友と、自分に託して力尽きた兄の為に。

「男の意地を見せてやる!ジョッシュ!俺はまだやれるぞ!諦めるな!!進めーッ!!」


 他の子供達が倒れ負荷がリックに集中し、彼の生命力が急速に奪われ、リックは気絶しそうになった。

「畜生、倒れるわけには、いかねぇ……」


「無茶をしているな、リック」

 誰かが彼にそう言いながら、倒れかけたその体を支えて、立ち上がらせた。

「まだいけるか?」

 目の前にいる男の姿にリックは目を丸くした。

「……兄貴?」

 リックの兄、ギャビンがそこにいて、彼に手を差し伸べていた。

 リックはその手をとり、握りしめる。


---


 生命力の供給が戻り、崩れかけていた体が再生する。

 リックに似た誰かの姿はいつの間にか見えなくなっていた。

 だけど僕は向かう先にこの混沌侵食の境界があると確信していた。

 陽炎が生み出す歪みの中から、無数の人影が現れて僕にしがみつき、行手を阻もうとすり。

 それはこの都市に暮らす人々の恐怖が生み出した思念なのだろう。

 僕は最後の力を振り絞って一歩、また一歩と前に進み、手を眼前に差し出す。

 僕の全身を人影達が埋め尽くす中、僕の指に何かが触る感触があった。


『境界に触れた!』

 この炎に包まれた空間の正体は、リックの兄の心。僕は境界に触れ、彼の想いに触れた。

 パットが僕の解呪の力を解放し、あたりが眩しい光に包まれた。


 僕の左手首に紅玉の腕輪があった。そして塔の炎が僕の周囲に一斉に集まり、黒い人影を焼き尽くし、巨大な炎の鳥へと姿を変えた。


 塔が頂上から崩れ始め、大罪の悪魔が翼を広げ、憎悪をむき出しにした目を此方に向け、この世のものとは思えない歪な叫び声をあげながら急降下してきた。


 僕は紅玉の腕輪を大罪の悪魔に向けてかざし、行けと呟き左手を握る。

 炎の鳥はそれにあわせて、高く鳴くと光のような速度で大罪の悪魔に向けて急上昇し、大罪の悪魔を焼き尽くし巨大な火柱と化しながら天高く舞い上がっていった。

 大罪の悪魔は断末魔の叫びをあげて消滅し、火柱の光が弾けて、そこを中心に闇に包まれていた都市に、再び光が広がっていった。

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