340回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 144:決戦
最終防衛ライン。
ジブラルタルの門。
ヴェルツァ渓谷を抜け、ブロードへインへと続く大平野への境目に、開かれた巨大な門のような形のその大岩はある。
その真下を塞ぐような形でジョッシュ達の陣営500人は敵軍の到着を待ち構えていた。
ジョッシュは遠くから聞こえる敵軍が迫る音に、どことなく緊張した面持ちをしながら、ドルフの隣にいた。
そんな彼を見て、ドルフはジョッシュの頭にポンと手を乗せ、撫でる。
「なんだよう、緊張なんてしてないよ」
「はいはい、してないよな」
「生暖かい顔がいやらしいってば、もー子供扱いして」
ジョッシュの反応にドルフが笑い声を上げていると、後方、ブロードヘインの方角から爆発音が聞こえてきた。
ジョッシュは瞬時にそちらを見ると、「始まった」そう言って真剣な目をして唇を噛む。
都市の住民達の避難は、ダーマのつてやモンスターの子供達に頼んである。しかしそれではカバーしきれないのが現実だ。
都市に出現した恐怖によって、人々は炎の塔の力に縋ろうとする、そしてその意志の力が大罪の悪魔に更なる力を与えてしまう。
「行ってこい」
そう言ったドルフの顔をジョッシュは迷いながら見つめる。
それも無理のない話だった。打ち合わせ通りなら、ここにドルフと彼の部族の虎獣人達を100人だけ残し、魔王軍800人、そして大罪魔法の使い手である七獣将の一人の相手をさせるのだ。
とてもじゃないが勝ち目があるとは到底思えず、それに加えて大罪魔法の発動を二度見ているジョッシュには、その脅威から目を逸らすことなどできない。
「お前はそういう奴だよな」
ドルフは困り顔をして少し笑い、頭を掻くと、口に指を含み指笛を吹く。それと同時にジョッシュの乗った馬が、都市の方角を向いて走り始めた。
「なっえっ?どうして!?」
「その馬な、お前にやるまで俺の相棒だったんだ。だから俺の言うことの方がよく聞く」
「ドルフ!」
「お前に頼み事なんかしたかねえけどよ、俺を信じろ。必ず勝ってまたお前のとこにいくから」
「ドルフ……死んだりしたら許さないからね!」
「おう!」
ジョッシュの離脱に続くように、ドルフと彼の部族を除いた全員が都市へと馬を走らせはじめた。
「さてと」
そう言うと、ドルフは馬を降り、傍にやって来た虎獣人が差し出した壺に両手を差し入れ、ツボの中の真っ赤な粘着的な液体を、自身の顔、腕、身体の順番に、独特な化粧をする様に塗っていった。
虎獣人モンスターのバックス族は、死地に立つときこうして化粧をする風習がある。
戦う理由である者の血を混ぜた、呪術的な力を持つ植物と混ぜ合わせた顔料を用い、魂を武装する。
普段は古の慣習など馬鹿馬鹿しいと思っているドルフだったが、今はその儀式で自身の中で最後の迷いが消えるのを実感していた。
目の前に魔王軍の軍勢が迫り、それに向かい自身の率いる部族を後ろに、たった一人で前に出たドルフは、その場を震撼させるような声で叫ぶ。
「我が名はドルフ、バックス族の狩人。獅子王ガイアに魔王戦を挑む!」
その叫びに応じる様に魔王軍は動きを止め、角笛の音とともに、軍勢が左右に二つに割れて道を作り、その最奥、軍団の中心に獅子の巨体を持つモンスター。七獣将、獅子王ガイアの姿があった。




