339回目 異世界勇者の解呪魔法(ディスペルマジック) 143:バトルフィールド(12)
魔王軍の陣営ではジョッシュ達が魔王軍側の動きを察知しすぎている事から、自陣に裏切り者がいるのではという警戒が始まっていた。
大罪魔法の使い手である獅子王の陣営と、魔王軍は元は別部隊であり、獅子王はとある事情で魔王軍に協力しているだけの関係であった事から、獅子王側が魔王軍を殲滅し実権を握ろうというのではないかという疑念が向けられ始めていたのだ。
「人類側の勢力は500人、それに対しこちらの損害が大きく、相手方に有効な打撃が与えられていないとなれば、この状況もやむなしかと」
側近は獅子王にそう伝えると彼の言を待つ。獅子王は魔王軍の状況には興味がないといった様子で、ふむと一声発すると言葉を続けた。
「相手方には虎のバックス族と部族長の息子がいるんだったな、名前はドルフと言ったか。ジャレドの弟子の」
「はい、彼らの狙いはやはり」
「あれだろうな、俺を挑発しているようだ」
「如何なさいますか?」
「もう少し様子を見る。戦場に霧を出せ」
「はっ」
「さて、どう切り抜ける?」
そう言うと獅子王は不敵に笑った。
魔王軍現在1032名、最終防衛ラインまで残り100Km。
スタディオン平原。
「ドルフ」
「どうかしたか?ジョッシュ」
「魔王軍の動きが変わった、何か仕掛けてくるつもりかもしれない」
「一番ヤバそうな連中は?」
「ギャングさん達」
わかった!そう言うとドルフは犬笛を吹き、彼らに警告を出した。
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馬で草原を駆ける覆面集団が、狼の遠吠えを聞き動きを止めた。
「俺達の近くで遠吠えが3、2、3。予想外の事態に備えろって奴か」
「でもよお頭、どうしろってんだ?」
「この後の指示にすぐに反応して動けるようにしてくれって、ジョッシュの坊主は言ってたが……ん?」
「お頭、煙だ!黒い煙であたりが埋め尽くされてく!!」
「煙幕か?それにしちゃ大規模すぎるぜ」
ギャング達はまるで巨大な津波のように四方から押し寄せてくる黒い煙を見上げて茫然となった。
遠くから指笛のなる音が聞こえ、ドルマは声を上げる。
「てめえら!馬走らせろ!全速力で俺に続け!!」
ドルマはそう叫ぶと迫りくる黒い煙の間を縫うように、指笛のなった方角を目指し走り始めた。
ギャング達が孤立化すれば、この状況を想定して動く魔王軍と此方では圧倒的に敵側が有利になる。もし彼らが全滅したとしたら、人員が足りずジョッシュ達は厳しい戦いを強いられるだろう。
「後一息だっていうのに、ここで盤面を裏返されてたまるかよ!」
ギャングの背後、黒煙の中から彼らに向かって矢が放たれ始める。
初めは遠く、次第に近く早く、矢の威力が上がり、幾つもの馬の蹄の音が、見えざる脅威が黒煙の中からギャング達に迫る。
「お頭背後をとられた!」
「振り返るな、あの坊やを信じろ!」
あんな子供のことを信じろだなんて、少し前のギャング達には鼻で笑われてしまうような話だった。
しかし今は、ドルマの言葉に皆歯を食いしばり、体に矢が刺さろうとも、熱の篭った眼差しで前を見据えて走り続けている。
誰もが内心諦めていた事を、あの子供は成し遂げようとしている。その力を今はみな信じているのだ。
「敵の勢いが速い、抜かれる……!」
敵に前方を塞がれればそこで終わりだ、黒煙に巻き込まれギャング達は一方的に嬲り殺しにされるだろう。
敵の影が左右に迫り、それが速度を増して前方へ、黒煙の中から赤く光る目と、耳まで裂けた兇悪な獣の牙が笑うのが見えた。
もうダメか、ギャング達がそう思いかけた瞬間、再び指笛の音が聞こえ、ギャング達は高台の上にジョッシュの姿を確認した。
彼は松明を谷そこに向かって投げ落とし、彼らにそちらに向かうよう指示を出す。
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ギャング達は道中に転がる岩を盾に谷に向かい走る。走りにくいその道は普段この地方で暮らすギャングと魔族の間に移動速度の差を生み出した。
僕が投げ込んだ松明が谷底に仕掛けた罠に引火し、ギャングの背後に煙を出した。
「ぬあ!?なんか変な匂いしはじめたにゃ!!」
「塩酸ガス、毒ガスだよ、この距離なら僕らには影響はないけど、嗅覚の鋭いモンスターには堪えるはず」
「敵の進路が変わったな」
「目には目をだ、ガスを使って誘導する。あれでいくよ、急ごう」
高台から松明を谷に投げ込んで、次々に毒ガスを発生させ、モンスター達を谷の奥深くへと誘導する。
最終防衛ラインまで残り20Km。
ヴェルツァ渓谷。
谷の上で爆発を起こし、土砂崩れでモンスターの一団を巻き込みながら、残りを分断した。
敵の一団が黒煙に包まれる、他の一団を煙の中にリガーの力で誘導、闇に潜んだこちらの軍勢が弓矢で双方に奇襲をかけ、互いを敵同士と思わせて潰し合わせる。
敵が残党の様々な派閥の寄せ集めであること、敵の動きからの想定でスパイを互いに疑っているとわかる。それを利用して戦闘しながら同士討ちさせる。自分の都合の悪い動きをするものを疑う、思考のいとまを与えないように追い詰め、退路に疑心の相手が立ちふさがれば。互いに潰し合うしか道はなくなる。
生き残った敵をオブジェクトで感知し、高台から弓による掃射を行いつつ、僕は無数の槍を作り、モンスターを何十人も串刺しにして血の雨を浴びせ、士気を低下させ逃げ出させる事に成功した。
煙が晴れ、僕は魔王軍の死体の中に何人も、リックやシバと年齢の変わらない少年兵の姿があるのを見てその場で吐き出した。
自己嫌悪で頭がおかしくなりそうだった。
そんな僕の肩をドルフが強く握りしめる。
「この先なにがあっても、俺はお前のそばにいる。だから全てが終わるまで前だけを見ろ」
彼の言葉に涙が溢れそうになった、だけどまだ泣くわけにはいかない。
これで敵の数は谷に向かっている兵団のみ。残り800。
「まだだ、まだ戦わなきゃ」
しかしそういう僕に、ドルフは落ち着いた声で言った。
「もういい、十分だ」
後は俺に任せろ。そう言った彼の横顔は強い決意と覚悟を決めた表情に見えた。




